「早く赤ちゃん産んでね」 悪気のない言葉に「肩身が狭かった」、生保レディーが耐え忍んだ職場のリアル
生命保険の顧客勧誘や契約手続きを担う保険外交員は、女性が多い職場で「生保レディー」とも呼ばれている。実際に生命保険業界で働いた経験のあるLGBTQ+当事者がいる。恋愛において相手の性別を重視せず、その人そのものに好意を持つパンセクシャル(全性愛)の忍足みかんさんだ。「女性は結婚して、子どもを産んで、出産後も働く。それが女の幸せ」。そんな“大前提”に覚えた違和感、絶望感。そして、業界が目指すべき理想の姿とは。
忍足みかんさんはパンセクシャル(全性愛)で性自認は「Xジェンダー寄りの女性」
生命保険の顧客勧誘や契約手続きを担う保険外交員は、女性が多い職場で「生保レディー」とも呼ばれている。実際に生命保険業界で働いた経験のあるLGBTQ+当事者がいる。恋愛において相手の性別を重視せず、その人そのものに好意を持つパンセクシャル(全性愛)の忍足みかんさんだ。「女性は結婚して、子どもを産んで、出産後も働く。それが女の幸せ」。そんな“大前提”に覚えた違和感、絶望感。そして、業界が目指すべき理想の姿とは。(取材・文=吉原知也)
忍足さんは、生保会社で2年半勤務した実体験を基にした著作『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』(古書みつけ刊)が話題を集めている。過剰な契約ノルマの実態などをあぶり出している中で、“女社会”の実情についても赤裸々につづっている。
今でも思い出すというのが、土曜出勤だ。月の締め日が近くなると、ノルマ達成への正念場として、サービス出勤で会社に上がってくる。オフィス内の光景。それは「ママさんが多いので、ベビーカーがたくさん置いてあって。赤ちゃんから小学校低学年の子まで、子どもがオフィスにたくさんいるんです。お母さんが営業電話やメールをしている間に見せておくための、アンパンマンやドラえもんのDVD、積み木などのおもちゃが用意されています。途中で赤ちゃんにおっぱいをあげにいく先輩もいました」というもの。決して、何が悪いということではない。きつく感じたのは、ノルマへのプレッシャーと、同調圧力だった。「『子育てしながら働くあの人が土曜出勤しているのに』。そう言われたら、若くて独身の自分たちは出勤せざるを得ません。独身で子どもがいない人は、何かと肩身が狭い思いをすることが多かったです」と振り返る。
性自認は「(男性、女性のどちらにも当てはまらない)Xジェンダー寄りの女性」という忍足さん。就活していた学生時代に、「LGBTQ+フレンドリー」を押し出す企業イメージに共鳴し、入社の決め手の1つになった。だが、実際に入ってみると、LGBTQ+当事者として、目の前に広がる世界は理想とは違った。
もちろん、働く女性が活躍できる会社の素晴らしさは実感している。ただ、「一般的にセクハラは、男が女に、のイメージだと思いますが、同性間のセクハラはたちが悪いと思います。『早く結婚しなさい』『早く赤ちゃんを産んでね』。ほぼ毎日言われた言葉です。でも、先輩の女性たちにはまったく悪気がない。故意に言っているのではないんです」。勤務先には、子育て中の従業員の子守りを空いている人で手伝うという社内ルールがあった。中途入社のママさんが研修中、スケジュールを決めて、みんなで交代交代で赤ちゃんを預かった。「私みたいに赤ちゃんに慣れていないであやすのに苦労していると、『だから早く産んだ方がいいんじゃないの』。必ずそう言われるんです。でも、発言した人に悪気はない。すべてはそこなんです」と言葉を紡いだ。
独身・子なしは蚊帳の外。そんな雰囲気を感じていた。社内の誰にも、自身がLGBTQ+当事者であるのを伝えることはあえてしなかった。「もし、たとえ伝えたとしても、理解されないのでは、と思ったんです。そこで悩んだり考えたりするのは無駄かなと。日々の業務も大変で、これ以上疲れたくない。それが正直なところでした」。
「生き残る人たちは、逆にメンタルがヤバ過ぎる」
営業活動で、ハイヒールを履いて男性顧客の家を1人で訪問することにも不安を感じていたという。「生保レディーという言葉をネット検索すると、AVの情報が出てきたり、どこかエロいイメージがあると思います。おじさんたちはそういった見方をしているのかな。社会人として頑張っている、1人の人間として見てほしいです」と訴える。
また、生涯設計のシミュレーションを算定する社内システムにも強い違和感があった。「年齢・性別を打ち込むと、何歳で結婚、何歳で出産、何歳でマイホーム購入。その生き方しか表示されません。結婚しない、子どもは産まない。その選択肢はどこにあるのかなって。国内大手はどこもそういった感じだと思います。一部の外資系企業はLGBTQ+当事者に合わせたライフプランの商品があると聞いています」と話す。
生保業界は、営業担当の新人から所属長まで、現場の組織はほとんどが女性で占められている。その生保レディーたちを統括する支社、雲の上の本社の人間は男性であることが多いという。「いわゆる偉い人たち、一番大事な仕事は男性がやっています。言ってしまえば、新人の女性は誰でもよくて、使い捨てのような働かされ方になっています。入っては辞めて、入っては辞めて。生き残る人たちは、逆にメンタルがヤバ過ぎる。この間も、元職場の先輩とそんな話をしました」。ノルマ至上主義の業界、より一層の改善を心から望んでいる。
女性の顧客情報を見て、「独身なんだ。かわいそうに」と言って営業活動に出る。そんな職場の風土を変えたい。忍足さんの強い思いだ。「結婚と出産が前提になっている。その思い込みを打破したいです。結婚して子どもを産む幸せはもちろんあると思います。でも、人生には他の選択肢もあるべきです。それも認められるべきだと思います。業界で働く人たち、社会全体の意識が少しでも変われば」と力を込めた。
□忍足みかん(おしだり・みかん) 1994年、東京都出身。中学から大学まで女子校。2017年から約2年半、都内にある大手生命保険会社に勤務。19年『#スマホの奴隷をやめたくて』(文芸社刊)で作家デビュー。東京・台東区の書店「古書みつけ 浅草橋」で毎週水曜日に店員として勤務している。
「古書みつけ 浅草橋」 東京都台東区柳橋1-6-10