不妊治療の精子検査、妻から夫への結果報告“避けたほうがいい”理由 専門家に注意点を聞いた

昨年4月から不妊治療が保険適応になり、1年が過ぎた。かつては金銭面で高いハードルがあったものの、今や子どもを持てない夫婦にとって不妊治療は身近な選択の一つになっている。厚生労働省の2021年出生動向基本調査によると、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は22.7%(4.4組に1組)に上り、増加傾向にある。一方で、男性側の不妊の原因を発見するために欠かせないのが精子検査。医師から結果を聞く際は気をつけたいこともあるという。臨床心理士で生殖心理カウンセラーの戸田さやかさん(株式会社ファミワン)に注意点を聞いた。

臨床心理士で生殖心理カウンセラーの戸田さやかさん【写真:ENCOUNT編集部】
臨床心理士で生殖心理カウンセラーの戸田さやかさん【写真:ENCOUNT編集部】

理由は不妊治療の特殊性「結果のフィードバックが男性側になされない」ことで起きること

 昨年4月から不妊治療が保険適応になり、1年が過ぎた。かつては金銭面で高いハードルがあったものの、今や子どもを持てない夫婦にとって不妊治療は身近な選択の一つになっている。厚生労働省の2021年出生動向基本調査によると、不妊の検査・治療を受けたことのある夫婦は22.7%(4.4組に1組)に上り、増加傾向にある。一方で、男性側の不妊の原因を発見するために欠かせないのが精子検査。医師から結果を聞く際は気をつけたいこともあるという。臨床心理士で生殖心理カウンセラーの戸田さやかさん(株式会社ファミワン)に注意点を聞いた。(取材・文=水沼一夫)

 病院での検査結果は本人が聞くものだ。しかし、不妊治療における精子検査は、この“常識”があてはまるとは限らない。女性が結果を先に知り、男性に伝えるというケースが非常に多く発生する。

「なぜ女性が先に知ることが多くなっているのかというと、不妊治療の特殊性というのがあると思います。他の診療科の場合、カルテは個人に情報がひも付けられます。しかし、不妊治療の場合は、ご夫婦両方のカルテになる。女性のカルテと男性のカルテがクリニックの中でひも付けられていたり、あるいは女性が自身の検査で不妊の状況を知っていく中で男性の精液検査がなされていくという流れがあるんですよね。そのため、女性が男性に家で採ってもらった精子を病院に持って行って検査をして、その結果を女性のデータにひも付けるということが起きるわけです。情報のひも付けが女性をメインに行われているので、結果のフィードバックが男性側になされないというのが日常的に起きています」

 男性が自らクリニックに足を運んで検査を受け、結果を聞くのであれば、通常の患者と同じだ。しかし、自宅で精液を採取する場合は、一度も病院に行かないまま検査を終えることもある。コロナ禍では男性の立ち入りを制限した産婦人科も多く、その場合は必然的に結果を聞くのは女性となる。男性が仕事に追われて病院に行けなかったり、また、診療時間や予約の手間を省きたい病院側の事情もあるなど、理由はさまざまだ。

 だが、これに警鐘を鳴らすのが戸田さんだ。

「結果的に男性が主体的に検査や妊活を始めるかどうかということに全くコミットしないまま、いつの間にか男性の精子のデータが関わっているという状況になるわけです。精子検査に異常がなければいいのですが、結果が悪かったときに、男性は詳細を直接聞けません。女性のほうから『結果が悪かったらしい』と聞いても、男性が直接ドクターに『じゃあ僕は何をすればいいのか。自分の精子は妊娠が望めるレベルなのか』といったことを確認できない。そういった医療へのアクセスのタイミングを一つ逃すということが生じます」

 具体的に、どのような影響があるのか。都内の不妊治療専門のクリニックに勤務し、これまで何人もの無精子症のカップルにカウンセリングを実施してきた戸田さんは、治療が必要になったときの初動の遅れを指摘する。

「例えば無精子症や乏精子症という精子が少ない、運動率が非常に悪いといった所見の場合、女性(妻)は医療のプロではありませんので、正しいフィードバックを男性にすることが難しいわけですね。また女性本人も結果が悪いことで、『自分たちは不妊かもしれない』と混乱をしていますので、非常に心理的に不安定な状態で夫に結果のみを伝えることになります。そうすると、次の一手を自分たちはどうしたらいいのかということをやはり夫婦で話し合いにくくなるということがよく起きます」

 立場を逆にすれば、男性が卵巣の状態やAMH(卵子の数を推定できる検査)の結果、それに対する治療の方向性を女性に伝えるのと同じだ。

 医師からの情報を正確に伝えることができたとしても、男性がどれだけ真摯(しんし)に受け止めるかは、また別の問題となる。精子に異常があれば、通常2回目の検査を受けることになる。しかし、女性を介して1回目の結果を通達された男性がショックのあまり、2回目の検査を拒否することも少なくないという。

「やっぱり怖いですし、あとは『何かの間違いだ』と言って、妊活について何もしなくなるということが起きます。女性側からすると、そのショックを受けている男性に配慮して、もう何も言えなくなってしまうんですよね。『もう1回検査に行って』と言ったために、険悪な雰囲気になったりすることもあります」。“夫婦任せ”になったことで、不妊治療が止まり、子どもが持てなくなったケースもあるという。「どんどん時間が過ぎていき、女性の妊娠する力というのはその分落ちていきます。男性側も当然何も治療しないわけですから、より妊娠が難しくなっていく。最終的にお2人で今後の人生について話し合えないまま、いつの間にか1年、2年たっているということもあります」。

「もっと早くあのとき話し合っておけば…」後悔する夫婦も、精子検査における“ひと手間”が及ぼす影響

 医師はこうした点も織り込み済みで、センシティブな症状の説明にも慣れている。また、その場で男性から日常生活や体調についてのヒアリングができるため、次の治療計画を迅速に立てることも可能だ。

「だいたいグーグルとかで調べるわけですよ。『精子 少ない 改善方法』と検索すると、食事やサプリ、鍼灸とかいろんな情報が出てくるわけです。でも、その人がなんで精液所見が悪くなっているのかは総合的に診ないといけなくて、例えばDNAの検査をしたらその結果によって要因が分かる場合もあるし、ドクターの触診があれば、もしかしたら精索静脈瘤があるってなるかもしれない。それを飛ばして、ネット検索に頼って自分に合うかどうか分からない有象無象の情報で、3か月とか半年頑張っても時間がもったいないですよね」

 子どもを希望するのであれば、女性の妊娠は時間との闘いでもある。35歳以上は高齢出産にあたり、妊娠の可能性が下がることが知られている。治療を受けるのか、手術を受けるのか、あるいは養子縁組を希望するのか、精子提供を受けるのか。複数の選択肢がある中で、即座に判断することは難しい。また、無精子症の場合は、大がかりな手術が必要なこともある。「精索静脈瘤やTESE(精巣内精子採取術)という睾丸を切開して精子を探す手術があるんですね。それらの手技と経験を持っているドクターというのは日本に少ないものですから、専門医を探すことがまず大変です」。だからこそ、初動が大事だと訴える。「患者さんたちも、『もっと早くあのとき話し合っておけばよかった』とおっしゃる方がたくさんおられます」

 男性が率先して医師の説明を聞き、今後について話し合う姿を見せることは、心理的な好影響もあるという。

「そういう様子を見てるから、女性も安心なんですよね。この人は自分たちの人生のためにこれだけ動いてくれている。その信頼感があるから、大変なドナーの精子を使う治療にしても養子縁組にしても2人で生きていくにしても、『この人だったらやっていける』って女性のほうも思う。その差が(主体的でない男性とは)非常に大きいので、長期に夫婦のことを考えたときに、精子検査の結果を聞くという、ひと手間あるだけでも違うんじゃないかと思っていますね」

 健康診断の結果と同様に、精液検査の結果も、まずは本人が確認することが望ましい。

「不妊治療はどうしてもまだ女性のもののようなイメージがあると思いますし、正直、医療側も夫婦の治療だと頭では分かっているものの、女性中心のケア、サポートになりがちです。ですが、男性が主体的に自分も治療の経過を知りたいですとか、検査の結果を知りたいですって言っていただければ、私たちはしっかり時間を作って、ご夫婦ともに納得できるように説明をしますし、男性に向けてのケア、サポートもやっていきます。ぜひ旦那さんのほうから積極的に関わっていただけたらうれしいなと思います」と戸田さんは語っている。

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