平均年収300万円台の美容師業界で1000万プレーヤー続出 長期の下積み撤廃で急成長の経営術

給与水準が低く、下積みも長期にわたる美容業界で、その仕組みを根本から変え、革命を起こしている会社がある。美容室チェーンのAshanti(アシャンティ)は創業6年目にして全国約70店舗を展開。2027年には200店舗超に拡大する経営目標を立てるなど、急成長を続けている。いったい、どのような取り組みをしているのか。執行役員の坂井孝輔さんに聞いた。

アシャンティのアカデミー制度
アシャンティのアカデミー制度

美容業界に風穴 「月100万円以上稼ぐスタッフ多数!」

 給与水準が低く、下積みも長期にわたる美容業界で、その仕組みを根本から変え、革命を起こしている会社がある。美容室チェーンのAshanti(アシャンティ)は創業6年目にして全国約70店舗を展開。2027年には200店舗超に拡大する経営目標を立てるなど、急成長を続けている。いったい、どのような取り組みをしているのか。執行役員の坂井孝輔さんに聞いた。(取材・文=水沼一夫)

「月100万円以上稼ぐスタッフ多数!」「驚異的な高歩合」。アシャンティの美容師募集の広告には、こんな刺激的な言葉が並ぶ。厚生労働省の「令和4年賃金構造基本統計調査」によると、美容師の平均年収は約330万円。客の髪をカットした分だけ報酬を得るイメージがあるだけに、キャッチコピーは本当に可能なのかと疑いたくなる。

 しかし、坂井さんは、「実際に業界の平均年収は300万前後が中央値、ボリュームゾーンになってくるんですけど、弊社はアカデミー出身の23歳、24歳の店長、副店長、マネジャーは普通に年収1000万円近くなってくるような、ちょっとうらやましくなるような人が多数出現しています。採用するときも、『業界No.1の報酬を実現します』みたいな形で打ち出しています」と説明する。

 アカデミーというのは独自の新人育成システムのこと。アシスタントとしての期間を短くし、早期にスタイリストとしてデビューさせることを目的にしている。制度は2019年に始まり、コロナ禍による中断を挟み、今年4月に再開した。これまで70人ほどの“卒業生”を輩出している。

「逆に疑われるんです。この春から入社された方のあるお母さんが、『こんなうまい話あるんですか』と心配されて、お話させていただいたんですけど、裏はないです(笑)。我々は人が資本なんですよね。スタイリストの方が気持ちよく働けて、長く仕事を続けていただけるということが会社の成長の礎になってきますので、その環境作りの一環として(待遇を)ご用意しています。本部のスタッフより、現場のスタッフのほうが手厚いですよ」と続けた。

 給与面を会社の強みとしてアピールできるのは、美容師ならではの慣例を撤廃したことが大きい。

「一般的な美容室では朝早く出る、あるいは夜遅くに残ってチョキチョキ練習をする。そして日中はシャンプーしたり、受付したりと、ある意味、雑用的な部分に時間を割くというところがあります。そのため専門学校を卒業してからも2年、3年、アシスタントとして下働きをするというのが、常識的であったんですけど、弊社では最速半年でスタイリストデビューすることを目標に置いています。こちらからお給料を払ってアカデミーに通っていただき、そこでしっかり練習してデビューするまでのサポートをしています」

 美容師になるための国家資格は専門学校で取得しているが、実際は客のカットを任せられるだけの技術は伴っていないという。

「専門学校を卒業しても切れないんです。国家資格に合格させるための指導に割り切って取り組んでいるところが多くて、現場で必要な技術と学校で学ぶ技術にちょっと乖離(かいり)があります」

 実務を学ぶため、まずはアシスタントからスタートするが、そこで問題なのが、下積みの期間。長時間労働が常態化し、「下手すれば5年ぐらいアシスタントのまま」という状況は、多くの弊害をもたらす。夢を持って業界に飛び込んできた若者が、我慢しきれず辞めていくこともある。

 それはアシャンティでも例外ではなかった。過去には、中途採用者が1年に半分以上、退職することもあった。「1年間たって定職率が半分を下回っている。業界特有の流動性が高い事情もあるんですけど、それにしても退職率が高すぎるのではないかという課題を抱えていました。目を覆わんばかりのひどい状態でした」

講師の実技を真剣に見つめる生徒たち
講師の実技を真剣に見つめる生徒たち

「先が遠すぎる」 未来に絶望する若者たちを変える好待遇、実現のワケ

 1年半前にオーナーが交代し、経営陣を刷新した。アカデミー制度が機能した現在は、定職率は70~80%に上昇。「第二新卒的な中途アシスタントの方々も採用していますけど、やっぱりそういう方々からすると、『先が遠すぎる』と未来に絶望して、うちに入られてこられる方が多いですね。アカデミーで学ぶことによって、結果的に会社の理念、経営方針を理解してくれる。一体となって頑張ってくれる方が非常に多いです」と、効果ははっきりと出ている。

 アシャンティは歩合制を手厚くし、スタイリストに還元する仕組みを整えた。ただ、いくら高歩合といっても、売り上げがなければ、給料を増やすことはできない。「デビュー初月から70万くらい売り上げを作っている人もいます」という“違い”は何なのだろうか。

 坂井さんは「弊社は集客力が高いです。集客があれば当然、売り上げが上がります」と、秘けつを明かした。徹底的なマーケティングで店舗の出店場所を決めているほか、客が通いやすくなるように、平均単価を6000円以下に抑えている。また、シャンプーやトリートメントは常にトレンドを分析し、最新の薬剤を使用。ネット上の口コミは評価の低いコメントも収集し、顧客の満足度を高める努力をしている。

 一方で、美容師のやる気を高める工夫もしている。配属される美容室は、美容師同士が客を奪い合うことなく、力を十分に発揮できるよう調整しており、「希望を聞きながら、ここに行けば早期に活躍の場が得られるなというところに配属しています」。また、ほとんどの美容師が週休2日でオンとオフを切り替えている。保育園の迎えで退社が早いシングルマザーには美容師としての仕事とは別に、リモートで仕事を発注するフォローも。男性育休にも前向きで、半年間の育休を取得した男性もいるという。

 昨年は美容業界ではおなじみのクーポンも見直したが、逆に平均単価は2割上がり、給与に反映された。

 今後の目標は、「労働環境一つとっても、他業種に後れを取っている部分が大きいのは否めない業界」を底上げし、希望の持てる業界へと推し進めることだ。

 坂井さんは「一つは美容師という仕事を楽しめる業界に変えていきたい。立ちっぱなしの仕事ですので、この業界は『40歳定年説』という言葉があるくらい長く続けるのはしんどいんですね。辞められる方が多いんですよ。ところが、冷静に考えて、ハサミしか持っていなかった方がほかの業種に行って活躍できるかというと、かなり選択肢が限定されると思うんですよね。なので、そういった常識を変えていける、美容師が好きならば長く続けられる会社にしていきたいですし、そのためには報酬を効率的に得られるような仕組みにしていかないといけない。ハサミを置くという選択をしたとしても、本部の一員として一緒に働いていけるような環境を整えていって、業界の一つのモデルになれるような形にしていきたいですね」と、結んだ。

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