ファンキー加藤、ファンモン切り離したソロ時代「自分が壊れてしまう」 活動再開「熱い気持ちは変わらない」
グループ結成から5年で東京・日本武道館のステージに立ったFUNKY MONKEY BΛBY'S。4年連続でNHK紅白歌合戦に出場。常にアクセル全開で日本中を鼓舞し続けた3人は、2013年に東京ドームのライブを最後にそれぞれの道に進んだ。2021年に放送された音楽番組で8年ぶりに集結したことを契機に、再び共に歩むことを決意。「もう一度、音楽界の真ん中にファンモンの旗を立てたい」と思いを込めたアルバム『ファンキーモンキーベイビーズZ』が完成した。これまでの活動や、10年ぶりのアルバムについて、2人に聞いた。
ファンモンの活動が輝き過ぎていた ソロ始動後には苦悩も
グループ結成から5年で東京・日本武道館のステージに立ったFUNKY MONKEY BΛBY’S。4年連続でNHK紅白歌合戦に出場。常にアクセル全開で日本中を鼓舞し続けた3人は、2013年に東京ドームのライブを最後にそれぞれの道に進んだ。2021年に放送された音楽番組で8年ぶりに集結したことを契機に、再び共に歩むことを決意。「もう一度、音楽界の真ん中にファンモンの旗を立てたい」と思いを込めたアルバム『ファンキーモンキーベイビーズZ』が完成した。これまでの活動や、10年ぶりのアルバムについて、2人に聞いた。(取材・文=西村綾乃)
“ファンモン”の愛称で親しまれたグループは、東京・八王子出身のファンキー加藤、モン吉、DJケミカルの3人で2004年に結成し、06年にシングル『そのまんま東へ』でメジャーデビュー。プロ野球・楽天の田中将大が球場での登場曲に起用した『あとひとつ』や、ウエディング・ソングとしても支持された『桜』など多くの名曲を輩出したが、13年6月の東京ドーム公演を最後に解散した。
加藤「結成をするときに、ケミカルから『いずれは、実家のお寺の住職になる』と聞いていました。解散する宿命を背負ったスタートだったので、『住職になる準備に入る』と言われたときは、そのときが来たんだなって。デビューしてからリリースや、ツアーをハイペースで繰り返していたので、東京ドームという場所でゴールのテープを切ったときは『走り切ったな』と感じました」
加藤とモン吉はそれぞれソロ活動を開始。事務所の廊下で顔を合わせても、あいさつをする程度で長く会話をすることはなかったという。自分たちの手を離れて大きくなったファンモンの存在には苦しみもあったと加藤は言う。
加藤「僕らが生み出した音楽を、受け取った人が育ててくれる。これは生み出した側にとって幸せなことですが、その存在がひとり歩きしていくことは苦しみでもありました。解散後、モン吉の活動は見ないようにしていたし、見ちゃいけないと思っていました。それは、ファンモンとして活動した思い出が輝き過ぎていたと感じていたからで、意識をすると今の自分がかすんでいるように思えたんです。切り離さないと、自分が壊れてしまう。自分が歩んでいくべき道が見えなくなるという危機感がありました」
モン吉「解散後すぐにファンちゃん(ファンキー加藤)がソロ活動を始めたのを見たときは『タフだな』と思いました。止まらずに行くのかと驚きもありました。ファンモンとして活動していたときは、リリースとツアーを繰り返す忙しい生活だったので、僕は音楽から少し離れようと思って、最初はケミちゃん(DJケミカル)とネパールに行ったりそれまでやりたいと思っていてもできなかったことをしました。子どもが生まれたこともあって、音楽活動もマイペースにしていました」
13年から22年までの間、ソロとしてファンキー加藤は4枚。モン吉は3枚のフルアルバムを発表。それぞれの時間を充実させていたメンバーのもとに、音楽番組の出演依頼が舞い込んだ。東日本大震災から10年目を迎える3月11日に、楽天モバイルパーク宮城から生中継で、『あとひとつ』など3曲を披露するというもの。ファンキー加藤は「震災を風化させてはいけない」。DJケミカルも「供養になれば」という思いから8年ぶりに再集結した。
加藤「ファンモンの活動を振り返らないようにと思っていましたが、久々に集まってリハーサルをする中で、実家というか『ただいま』と素直に言える感覚がありました。3人とも思ったんじゃないですかね」
3人の力強いパフォーマンスは、民放各局横並び同時間帯の瞬間最高視聴率14.5%を記録。モン吉も「1+1+1は、3以上になる」と感じたという。完全復活を望む声に応え、放送から5日後にグループ名を『FUNKY MONKEY BΛBY’S』に変え、2人で再始動することが発表された。
おじさんになっても熱い気持ちは変わらない
新しいアルバムには、21年の再始動後にリリースしたシングル『エール』、『ROUTE 16』はもちろん、未発表の新作6曲を含む全11曲を収録。制作ではファンモンという看板の大きさをあらためて実感した。
加藤「みなさんから声をいただいて、『もう一度スタートしてみましょうか』という結論になったんですけど、今のファンモンに求められていること。みんなが思うファンモン像ってなんだろうと。そこにたどり着くまで右往左往しました。1番最初に作った『エール』については、もう悩みに悩んで。初めてリリースを1週間遅らせてもらいました」
多くの応援歌を生み出してきたが、“頑張れ”と直接的なメッセージを込めたのは、『エール』が初めてだった。
加藤「メロディーに当てていろいろ試したけど、『頑張れよ』っていうワードが、1番ハマりがよかった。シンプルで、ストレートだし、強い言葉。オレとモン吉が歌ったときのテンションもしっくりきたんです。曲を作るときはいつも、最終的に自分自身に刺さるか刺さらないかを大切にしているので、『オレ頑張れ』じゃないけど、ここから這い上がって行こうぜという気持ちも込めています」
10年ぶりに完成したアルバム。下積み時代に経験した苦楽を詰め込んだ『ROUTE 16』など思いにあふれている。それぞれの推し曲は。
加藤「川村結花さんと共作した『YOU』です。生きているとつらい経験をすることもあるけれど、川村さんならではの感性で書かれた歌詞が、とても温かくて優しい気持ちになれる曲です。ファンの方から『私のために歌ってくれた』と声をいただいたときは、この曲が誰か自身の歌になる可能性を秘めているんだなとうれしくなりました」
モン吉「令和のファンモンを感じられる1曲目の『乙Sound』をお勧めしたいです。うちららしい言葉遊びにあふれているので、くすっと笑ってもらえるかなと。ライブでも盛り上がること間違いない曲なので、一緒に盛り上がたいです」
アルバムの発売を記念した全国ホールツアー『太陽の街ツアー』は地元・八王子にある「J:COMホール八王子」で幕開け。6月10日から、北海道、大阪、福岡など13か所を巡る。
モン吉「帰って来ると思っていなかった人もいたと思うのですが、熱いアルバムができました。お客さんと向き合えるライブは僕らにとっても特別な場所。少し歳を取ってしまいましたが、おじさんになっても熱い気持ちは変わらないので、再会できることを楽しみにしています。自然が多い場所にも行くので、ライブの後にはのんびりできたらいいなと思っています」
加藤「自信作と言えるアルバムができました。ライブに向けた体力づくりで毎日5キロ走っているのですが、自分のアルバムを聴きながら走っています。ライブでは新曲はもちろん、往年の曲もやります。(コロナ禍で自粛を呼びかけていた)声出しも解禁にできるかもしれないので、『過去一』と思ってもらえるようなライブをしたいです」
DJケミカルや、芸人の明石家さんま、プロのアスリートなどの顔を全面に押し出したCDジャケットも注目されてきた。新作ではファンキー加藤とモン吉が初登場。2人の顔を合成する案も出たが、商店街や浅川など、八王子の街の中でほほえむ姿からは、地元から再始動するという強い気持ちが感じられる。
□FUNKY MONKEY BΛBY’S ファンキー加藤と、モン吉からなる男性2人組音楽グループ。FUNKY MONKEY BABYSとして、2004年に結成し、06年にシングル『そのまんま東へ』でメジャーデビュー。13年に解し、21年に2人組グループとして活動を再開した。