WBC優勝・栗山監督に高まる“町おこし”の期待 「栗山町」抱える赤字路線・室蘭線の盛衰
野球のWBCで日本に14年ぶりの栄冠をもたらした侍ジャパン・栗山英樹監督。「同名」が縁で監督が住まいを構えているのが北海道の栗山町だ。夕張山地のふもとの自然豊かな土地だが、この町を通る鉄道と駅を地図で見てみると一つの疑問が浮かぶ。そこには、北海道の歴史と抱えている課題も投影されていた。
栗山監督の第2の故郷 札幌の真東なのに、鉄道だと遠回りの謎
野球のWBCで日本に14年ぶりの栄冠をもたらした侍ジャパン・栗山英樹監督。「同名」が縁で監督が住まいを構えているのが北海道の栗山町だ。夕張山地のふもとの自然豊かな土地だが、この町を通る鉄道と駅を地図で見てみると一つの疑問が浮かぶ。そこには、北海道の歴史と抱えている課題も投影されていた。(取材・文=大宮高史)
栗山監督と栗山町の縁は20年以上前にさかのぼる。1999年に同氏が栗山町観光大使に就任し、2002年には購入した土地に野球場などを備えた『栗の樹ファーム』を建設、少年野球などに使われてきた。11年オフに日本ハム監督に就任すると生活の拠点も北海道に移し、栗山町内に自宅を建ててシーズンオフも過ごすようになる。人口約1万1000人の町で、オフの栗山監督の姿も町民に親しまれていた。
そんな町の中心部にはJR北海道室蘭本線の栗山駅があり、栗山監督ゆかりの品も展示されているが、路線図をみるとやや不自然なルートをたどっているように見える。
栗山町は札幌市からほぼ真東の方角にあるのだが、室蘭本線は札幌を通らずに北の岩見沢駅(岩見沢市)から発して栗山駅を通り、沼ノ端駅(苫小牧市)で札幌方面からの千歳線と合流して苫小牧・室蘭方面へと伸びている。札幌から栗山町へ鉄道で行こうとするといったん岩見沢に出て乗り換える必要があり、栗山駅を発着する列車も上下7往復にすぎない。札幌と栗山町の行き来にはマイカーやバスが多く使われているのが現状だ。
この、札幌を素通りするような一見不思議な鉄道ルートには、栗山町と北海道の産業の盛衰が色濃く投影されている。
石炭を積み出すため、沿岸へ一直線に線路を引いた
明治時代に室蘭本線を建設した北海道炭礦鉄道は、その名の通り道内で採掘された石炭を輸送するための鉄道である。1892年に同線で最初に開業した岩見沢~室蘭間も内陸から室蘭の港まで石炭を運ぶべく敷設されたもの。旅客輸送は二の次で、数十両も連なる貨車を岩見沢から蒸気機関車がけん引し、石炭輸送の動脈を担った光景が長年見られた。
栗山町自体も角田炭鉱という炭鉱を基幹に開拓が進み、最盛期の人口は約2万4500人を数えた。栗山駅からも私鉄の夕張鉄道が分岐し、炭鉱からの石炭輸送や旅客輸送で栄えていた日々があった。
しかし1960年代以後石炭から石油へのエネルギー転換が進むと道内の炭鉱は次々と閉山し、角田炭鉱も70年に閉山。夕張鉄道は廃線となり、室蘭本線を通る石炭列車も廃止されていく。さらに旅客輸送のメインルートも苫小牧から空港のある千歳を経由して札幌に至る千歳線となったため、札幌を通らない岩見沢~沼ノ端間はますます過疎化が進んだ。前述の通り栗山町の人口も最盛期の半分以下にまで減少し、石炭を運ぶ大幹線からローカル線に転落してしまったことを冷酷に示している。
このため、経営難が深刻化したJR北海道が2016年に公表した、「自社単独では維持困難な線区」に栗山駅を含むこの区間も俎上(そじょう)に上がる。鉄路の維持はJR北海道のみに任せるのではなく、沿線自治体の負担・協同を前提としたものになった。実際に栗山町・岩見沢市など沿線の2市3町はJR室蘭線活性化連絡協議会を立ち上げ、現在注力しているのがSNSでの情報発信。フェイスブックでイベント情報を発信し、インスタグラムでの「#室蘭線で出かけました」ハッシュタグを用いての知名度向上を意図している。
ごく少数ながら貨物列車が走り、JR・沿線自治体とも路線自体は存続させる方針であるため直ちに廃止となることはないが、特急も走らないローカル区間であるために沿線の知名度向上と、日常的な鉄道利用を継続していくことが鉄路を守る実績作りの第一歩になるだろう。
かつて石炭で繁栄するも衰退し、農業や観光に依存する栗山町は、典型的な北海道のローカル自治体の歴史をたどっている。町の観光スポットには日本酒『北の錦』を生産してきた老舗・小林酒造のレンガ造りの酒蔵などが以前からあり、そこに栗山監督との縁が生まれて町おこしに追い風が吹いている。
栗山監督は代表監督を退任する意向で、今後はしばらく栗山町で平穏な日々が過ごせそうだ。栗山駅もしばらく野球ファンの聖地になるかもしれないが、WBCの快挙がこの地域の鉄路と町を維持する後押しになるだろうか。