韓国ドラマを輝かせる俳優の演技力 大学教授「90年代から国を挙げて養成」 拠点は韓国芸術総合学校

Netflixの韓国ドラマが人気を集めて久しい。3年前に配信された『梨泰院クラス』『愛の不時着』は日本をはじめとするアジア全域で大ブームとなり、最近でも『イカゲーム』『今、私たちの学校は…』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』『還魂』『ザ・グローリー~輝かしき復讐~』などがグローバルな存在感を見せている。そんな韓国ドラマのクオリティーを支えている大きな要因が俳優の演技力だ。韓国ドラマに初めて触れた視聴者の多くが「演技が上手」と感じたことだろう。俳優たちの演技力の源泉はどこにあるのか。欧米や韓国など世界の俳優育成メソッドを研究している京都芸術大学舞台芸術学科の平井愛子学科長・教授(現代演劇論・演技トレーナー)が、韓国演劇界の拠点となっている「韓国芸術総合学校」(Korea National University of Arts=K-Arts:ソウル市)の俳優育成法について語った。

俳優育成メソッドについて語る平井愛子教授【写真:鄭孝俊】
俳優育成メソッドについて語る平井愛子教授【写真:鄭孝俊】

日本では“演技メソッド”に需要なし「芸能界が振り向かない。現場主義が根付いているから」

 Netflixの韓国ドラマが人気を集めて久しい。3年前に配信された『梨泰院クラス』『愛の不時着』は日本をはじめとするアジア全域で大ブームとなり、最近でも『イカゲーム』『今、私たちの学校は…』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』『還魂』『ザ・グローリー~輝かしき復讐~』などがグローバルな存在感を見せている。そんな韓国ドラマのクオリティーを支えている大きな要因が俳優の演技力だ。韓国ドラマに初めて触れた視聴者の多くが「演技が上手」と感じたことだろう。俳優たちの演技力の源泉はどこにあるのか。欧米や韓国など世界の俳優育成メソッドを研究している京都芸術大学舞台芸術学科の平井愛子学科長・教授(現代演劇論・演技トレーナー)が、韓国演劇界の拠点となっている「韓国芸術総合学校」(Korea National University of Arts=K-Arts:ソウル市)の俳優育成法について語った。(取材・文=鄭孝俊)

――韓国芸術総合学校(K-Arts)の設立経緯を見ると、1993年の音楽院を皮切りに演劇院、映像院、舞踊院、美術院、伝統芸術院が開校されています。京都芸術大学では2016年に「韓国芸術総合学校カラ学ブ!~韓国芸術総合学校・ドラマスクール(演劇学科)の教育内容~」と題したシンポジウムが開催され、先生はモデレーターを務めました。

「英Central School of Speech and Dramaで発声法を専攻しMAを取得したK-Artsのキム・ソネ教授と米ウィスコンシン大学マジソン校舞台芸術学科で演劇を専攻しMFAを取得したキム・スギ教授をお招きして韓国の演技教育の歴史をお話ししていただきました。この2人が欧米の俳優育成メソッドを習得し韓国に持ち帰ってK-Artsに導入しました。90年代に始まったこの動きが演劇関連学科を持つ韓国内の大学に広がっていきました。いま活躍している韓国の俳優の半分は子役からのたたき上げ、もう半分は大学の演劇学科や大学院の演劇研究科で正規のトレーニングを受けてきた人材だと聞きます」

――『梨泰院クラス』に出演したパク・ソジュンはソウル芸術大学校演技科、キム・ダミは仁川大学校公演芸術学科、また、『愛の不時着』のヒョンビンは中央大学校演劇映画科大学院修士課程、ソン・イェジンはソウル芸術大学映画科、『還魂』のヒロイン・ムドク役のチョン・ソミンは韓国芸術総合学校演技科に首席で入学したそうです。

「演技を学ぶなら大学は韓国芸術総合学校、大学院は中央大学校が韓国でトップと言われています。韓国は90年代から国を挙げて俳優養成に力を注いできました。その結果が現在の韓国ドラマの世界的流行というわけです。韓国人として初めて演技でMFAを授与されたキム・スギ教授と欧米から招聘(しょうへい)した先生らでK-Artsの演劇カリキュラムを構築していったそうです。キム・ソネ教授はK-Arts第1期生でキム・スギ教授の教え子に当たります。両教授と同じようにK-Artsの学生も欧米に留学して演技を学びました」

――K-Artsの演劇カリキュラムの特徴を教えてください。

「英国で発声法のMAを取得したキム・ソネ教授は欧米の理論を韓国語に応用しました。耳鼻咽喉科の医師を招いて喉の中の構造など韓国語の発声にかかわる身体器官の仕組みを理解させたうえで、医学で検証された無理のない発声の仕方、感情的になって大きな声を出しても、あるいは365日がなり続けても喉(のど)をつぶさない方法を学びます。きれいな声だけが良いというわけではないんです。これはすごい授業です(笑)」

――日本のドラマを見ていると、時折俳優のせりふがよく聞きとれないことがあります。

「韓国の俳優さんはそういうことはないと思います。韓国の大学では演劇学科や映画学科が多く、キム・ソネ先生やキム・スギ先生といった方々が教えるようになって演劇教育の裾野が広がっていきました。発声についても学生には基礎から学ばせています。今はもう欧米に留学することは勧めないって言っています。なぜなら、欧米に留学した大勢の人たちが国内で教えられるようになったのであえて留学をする必要がなくなったからだそうです」

――京都芸術大学舞台芸術学科では演技トレーニングのほかに『舞台芸術史』『作品研究』など講義系のカリキュラムがあります。俳優育成にとってこのような授業はどのような意味がありますか?

「例えば『舞台芸術史』の授業では、紀元前に上演されたギリシャ悲劇に始まり世界と日本の演劇史をざっと学びます。『作品研究』は、『日本の伝統芸能』、『シェイクスピア』、『エンターテイメント』などテーマごとに半期ずつ開講しています。講義科目は、それぞれの作品の時代的、文化的、また社会的背景を理解していくことが大きな目的です。過去の名作と呼ばれる作品を研究し、現代社会とひもづける能力を持つことは、今を生きる俳優にとって大切なことであり、こうした講義科目も俳優トレーニングの一環だと思っています。

 ちなみに、演技の授業でも現代的な口語体で書かれた戯曲だけでなくシェイクスピアやチェーホフなども課題として演じます。また、シリアスからコメディまで多様なスタイルの演技を体験させるカリキュラムにしています。こういった知的理解と体験的理解を積み重ねることが、俳優として出会った役をより深く解釈し、豊かに表現できる原動力になると信じています。ですから演技を大学で学ぶ意義は非常に大きいと思います。実際、米国や韓国では多くの俳優が大学の演劇学科などで学んできたわけですから」

――欧米のメソッドを導入した韓国の演劇教育はどんな変化を遂げていますか?

「欧米の演技法を自分たちの言葉や文化に適応させていった、ということなのかなって思いますね。欧米の演劇メソッドは使うんだけれど、韓国人としてアイデンティティーのある俳優を育てるってことがテーマとしてあったらしいんです。それに直結するかどうか分かりませんが、例えば、韓国の伝統舞踊みたいなことは非常にしっかりカリキュラムの中に組まれています。それがちゃんと体系化されていてまるでバレエのレッスンでも受けるかのようなんですよ。もっとも学生たちは『韓国舞踊が踊れるようになるわけでもなく必要ない』と言っているらしいですが、私は必要だと思います。踊れるようにならないかもしれないけれど、伝統芸能を俳優として学ぶっていうことは、何かその国に根付いている文化や歴史を体験することになり演技に生かせます。民族衣装を着ることも韓国の時代劇などにつながっていく。とても大切なことです」

――日本ではこのような演技メソッドに需要はありますか?

「高等教育機関で体系的に学ぶとなると需要はほとんどないと感じます。例えば、日本で演技をちゃんと教えている大学院はありません。私は必要だと思いますが、ニーズがない。もっと簡単に言えば芸能界が振り向かない。それはもう現場主義が根付いているからだと思います。K-Artsの場合、入学した学生ほぼ全員にマネジャーが付いてトレーニングを始めます。芸能事務所はそういう人材を獲得しようと熱心です。俳優トレーニングの意味や重要性を業界が納得して理解しているからだと思います。欧米と同じように韓国では大学や大学院で演技を勉強した俳優をちゃんと使おうっていう土壌があります。ここが日本との大きな違いです。

 日本では視聴者がそれでもいいっていう風に思ってしまうし、演技の勉強をしていないのも見たら分かるのに、俳優にもトレーニングが必要だっていうところに至らないみたいですね。その役がどういう役なのかということを自身の体験を使いながら理解し、その役になっていくというのはある程度のトレーニングを受けていないと無理だと思います。日本の俳優さんたちは才能のある方がたくさんいますが、結局は同じような演技になってしまいがちです。その原因はトレーニングによるものだと私は思います。韓国は適切な演技指導を教育の場に次々と導入したことで成功しました。今後、韓国はさらに世界市場を見すえていくと思いますね」

――最後に“演技する”ということについてどう考えますか?

「自らを表現できるところが素晴らしいです。役を通して自分が経験的に獲得した何かを表現できるわけなので、ある意味で自分を肯定していくことでもあるわけですよ。演技を通して肯定できる自分を発見できる。だから演技は奥が深いです。私自身、演技することの哲学や価値観、演技の芸術たる所以にもう一度立ち帰ることが重要だと思っています」

□平井愛子(ひらい・あいこ、演技トレーナー/演劇プロデューサー)文学座付属研究所を経て1988年渡米。ニューヨーク大学芸術学部演劇学科(New York Univ. Tisch School of the Arts)卒業後、LaMaMa e.t.cをはじめとするオフ・ブロードウェイやリジョナル・シアターで俳優、演出家として活動する傍ら、日米交流を目的とした舞台芸術を企画制作するStage Media Inc.を設立。主なニューヨーク公演は、日米版同日上演『弥々』など。また大学卒業後も10年間にわたりメソッド演技指導の第一人者、トニー・グレコ氏に師事。メソッド演技指導法を習得する。2003年帰国後は、東京都足立区・シアター1010の劇場立ち上げからプロデューサーとして参加。10作品以上の企画制作に携わる。07年4月、京都芸術大学(旧・京都造形芸術大学)舞台芸術学科准教授(現・教授)に就任。

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