錦織一清 恩師つかこうへい、ジャニー喜多川から学んだ演劇論「芝居はお客さんとするもの」

少年隊のリーダーとしてデビューし、これまで数多くの舞台に立ち続けてきた錦織一清が自ら作・演出・出演の3役を兼ねる舞台『サラリーマンナイトフィーバー』を東京・日本橋の三越劇場で2月4日から上演する。構想20年にして3度目の再演。演劇人生で最も愛着のある作品だと語る錦織本人と、初演以来、出演を重ねる俳優の渋谷天笑に話を聞いた。

舞台にかける意気込みを語った錦織一清【写真:荒川祐史】
舞台にかける意気込みを語った錦織一清【写真:荒川祐史】

作・演出・出演の舞台『サラリーマンナイトフィーバー』

 少年隊のリーダーとしてデビューし、これまで数多くの舞台に立ち続けてきた錦織一清が自ら作・演出・出演の3役を兼ねる舞台『サラリーマンナイトフィーバー』を東京・日本橋の三越劇場で2月4日から上演する。構想20年にして3度目の再演。演劇人生で最も愛着のある作品だと語る錦織本人と、初演以来、出演を重ねる俳優の渋谷天笑に話を聞いた。(取材・文:濱口英樹、構成:福嶋剛)

――錦織さんは昨年11月、舞台にかける思いや独自に培った表現論を明かした初著作『錦織一清 演出論』(日経BP刊)を上梓されました。近年は独特の演出方法が“錦織メソッド”として注目されるなど、演劇人としての活躍が続いています。

錦織「実を言うと、子どもの頃から映画が大好きで、最初は映画俳優になりたかったんです。でも僕には映画の扉は開かなかった。そこで夢破れているんです」

――求めるものと求められるものは違うと。

錦織「それもまた人生っていうのかな。自分は映画の世界に行けなかったけれども、演劇だってお芝居だし、そこで喜びを感じてやっていくべきじゃないか。あるときからそういう気持ちになれたわけです。王(貞治)さんが昔、『今使っているバットを好きになる努力をしろ』っておっしゃったんだけど、その言葉が好きですね」

――初舞台の『ザ・サスケ』(85年)から38年。以後、役者としてだけでなく、演出家としてもキャリアを積んできた錦織さんにとって演劇とはなんでしょう。

錦織「世の中で一番必要とされていない仕事(笑)。たとえば新橋にいる人たち全員にアンケートをとったら『芝居を見たい』と答える人は10人もいないと思いますよ。残念ながら今の日本はそういう状況。でも僕にはこの仕事しかできないから、ここで頑張るしかない。だからこそ、どうやっていけばいいかを考えられる面白さがあるとも言えます」

――開拓の余地があるということですね。

錦織「そう、僕の恩師であるつかこうへいさんは“つかブーム”を起こしました。かつてはそういう時代もあったわけですから」

――つかさんの薫陶(くんとう)を受けた錦織さんが最も愛着のある作品として挙げているのが『サラリーマンナイトフィーバー』です。渋谷天笑さんは初演(20年)から出演されていますが、錦織さんとはそれ以前から仕事をされていたのでしょうか。

渋谷「初めてご一緒したのは『取り立てやお春』(10年)という黒木瞳さん主演の舞台で、そのときは共演でした。『サラリーマンナイトフィーバー』は僕が自主公演をするとき、錦織さんに演出していただきたいと思って相談したら、『昔、俺が書いた作品があるんだけど』って言われて『ぜひそれをやらせてください』とお願いしたことがきっかけなんです」

――いろんな演出家と仕事をされてきたと思いますが、錦織さんの演出の特徴はどういうところにあるとお考えですか。

渋谷「役者の個性を大事にしてくれる方です。たとえば歩き方とか小道具の持ち方が変だったりすると、ほとんどの演出家は直そうとするんですね。『もっと普通にしろ』って。でも錦織さんはそれを生かそうとする。普通にやったら面白くないからそのままでいい、それが武器になるという考え方で、そこが天才的なんです」

錦織「稽古期間が1か月しかなかったら、その人の癖をなくすための時間はそれほど取れない。だったら逆手に取った方がいいじゃないですか」

――『錦織一清 演出論』に書かれた「演出とはその人の魅力を出すこと」に通じるお話です。

錦織「演劇の学校を出たわけでもない人間がそんなことを抜かしているのが、あの本の面白いところかもしれません。『俺の背中を見て芝居を覚えろ!』と言うような演劇人がいますけど、そういう人が『演出論』を読んで腹を立ててくれたらうれしいよね(笑)」

錦織について先生であり仲間と語った渋谷天笑(左)【写真:荒川祐史】
錦織について先生であり仲間と語った渋谷天笑(左)【写真:荒川祐史】

舞台の芝居って共演者とやるものではなくてお客さんとするもの

――渋谷さんにとって錦織さんは先生、兄貴、仲間……どういう存在でしょう。

渋谷「全部ですね。あるときは先生、あるときは兄貴で、こう言っては失礼ですが、友達のような感覚もある。気持ちのやり取りを大切にする方なので、そういうシーンの稽古では厳しくされるときもありますけど、普段はずっと笑っています。錦織さん自身が楽しんでいるんでしょうね」

――ご著書には「演出家は、その芝居を観る最初のお客さんである」とも書かれています。

錦織「それはもう1人の恩師であるジャニー(喜多川)さんから学んだことでもあって。舞台の面白さの1つは必ずお客さんがいることなのですが、稽古中は当然いないじゃないですか。だから僕は演出をやりながら、お客さんの立場になって大声で笑ったりするんです。それは役者さんへのエールにもなりますしね。でも稽古場で僕ができるのはそこまで。お芝居を上手くしてくれるのは演出家じゃなくてお客さんなんです。舞台の芝居って共演者とやるものではなくて、お客さんとするもの。だからその日の客席の反応によって間合いも変わる。役者はそうやって芝居を教えられていくんです」

――お客さんの存在が舞台俳優を育てるわけですね。さて、今回の『サラリーマンナイトフィーバー』は構想20年だそうですが、脚本を書かれたきっかけをお聞かせください。

錦織「僕が30代の頃、サラリーマンをしている同級生から『俺たちが気軽に見られるような作品があってもいいのに』と言われたことがありましてね。同じ頃、ブロードウェイで『ハウ・トゥー・サクシード』という、サラリーマンを描いたミュージカルコメディーを見て、『こういう作品の日本版を作れたら面白いだろうな』と思ったこともきっかけとなりました。『ハウ・トゥ・サクシード』は『努力しないで出世する方法』という邦題で映画化もされていますが、植木等さん主演の『無責任シリーズ』に通じる楽しさがあるんですよね」

――しかし、すぐには上演に至らなかった。

錦織「10年以上前にやろうという話があったんですけど、諸事情で頓挫してしまって。それ以来、僕のなかでくすぶっていた作品だったのですが、天笑さんから演出を依頼されたとき、『もともと仮面ライダーが好きで、スーツアクターもやっていました』という話を聞いてひらめいたんです。『サラリーマンのスーツは戦闘服で、サラリーマンこそがヒーローだという話にしたら面白くなるぞ』って」

――スーツとスーツアクターを掛け合わせたわけですね。

錦織「そう(笑)。それで天笑さんから聞いた話を採り入れて書き直したわけ。おかげで日の目を見ることができましたから、声をかけてくれてありがたかったと思っています」

渋谷「こちらこそ当て書きで作り直していただいたことに感謝しています。時事ネタもたくさん入っていますから、新作とは言わないまでも、ほぼ書き下ろしだと思いますね」

錦織「最初から決まっていたのは、元サラリーマンのホームレスが登場するシーンかな。僕はチャップリンの映画や『男はつらいよ』シリーズが大好きなんですけど、共通するのは一見、社会的にドロップアウトしているような人間のなかにこそ、正しさや誠実さがあるという描き方をしていること。そのホームレスに“人格者”という別名を付けたのはそういう意味合いもあって、僕のなかでは世の中に向かって物申すときの代弁者的な位置づけなんです。先ほど言った『スーツはサラリーマンの戦闘服なんだ』というセリフもホームレスに語らせているし、僕にとって思い入れのあるキャラクターです」

――今回、錦織さんはその人格者を演じられるとか。

渋谷「僕ら出演者が『やってくださいよ』ってお願いしたんです。錦織さんの作品なのに(笑)」

錦織「ホームレスはセリフの量が多いから、自分がやるしかないのかなって(笑)」

渋谷「そのシーンは錦織さんと僕の2人だけなのですが、本格的な絡みはこれが初めてなんですよ。だからすごくうれしくて、本番を迎えるのが今から楽しみです」

――息もぴったりという感じがしますが、最後に今回の見どころをお願いします。

渋谷「4度目の公演となりますが、回を重ねるごとに進化していて、今回は集大成。最大の見どころは、やはり物語のカギとなるホームレスの役を錦織さんがやるということ。僕らにとって念願の配役ですから、ぜひ多くの方にご覧いただきたいです」

錦織「ちなみに僕が出るのは1シーンだけ。そこしか見どころはありません!(笑)」

□錦織一清(にしきおり・かずきよ)1965年、東京都生まれ。77年、小学6年でジャニーズ事務所に入所し、85年に少年隊として「仮面舞踏会」で歌手デビュー。日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞し、紅白歌合戦には8回出場。88年、『GOLDEN BOY』に主演して以来、演劇の世界でも活躍し、演出や脚本でも才能を発揮する。2018年に演出した『よろこびのうた』がAll Aboutミュージカル・アワードのファミリー・ミュージカル賞を受賞。20年末でジャニーズ事務所を退所し、独立。著書に『錦織一清 演出論』(日経BP刊)。3月に『少年タイムカプセル』(新潮社刊)を出版する。

□渋谷天笑(しぶや・てんしょう)1984年、大分県生まれ。2002年に“胡蝶英治”の芸名でデビュー。10年、松竹新喜劇に入団し、劇団きっての二枚目俳優として多くの舞台に出演。17年、“渋谷天笑”を襲名し、近年はNHKの朝ドラ『おちょやん』や映画『キネマの神様』など、映像作品でも活躍している。

「サラリーマンナイトフィーバー」
【日程】2023年2月4日(土)~2023年2月12日(日) 全14公演
【会場】東京・三越劇場(日本橋三越本店本館6階)
【主催】 Uncle Cinnamon
【配役】
広瀬:渋谷天笑/中垣内:室たつき/ちょんまげ:三浦ゆうすけ/阿久多:楢原じゅんや/炭谷:松浦司/娘ユキナ:惣田紗莉渚/妻亜衣子:舞羽美海/亜留美:アンジーひより/女子高生:松村彩永/社長:室将也/ママ:純名里沙/ホームレス:錦織一清

【料金】9,000円(税込)
【問い合わせ】三越劇場:0120-03-9354(午前10時~午後6時)
【チケットの詳細】 https://mitsukoshi.mistore.jp/bunka/theater/index.html

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