正月の韓ドラ一気見 専門家が薦める『梨泰院クラス』の見方「照明手法が魅力」
このお正月、話題の韓国ドラマの一気見を計画しているドラマファンは多いことだろう。韓国ドラマを敬遠していた層からも、Netflixでほぼ3年前に配信され今年リバイバルヒットとなった『梨泰院クラス』『愛の不時着』や世界的ヒット作『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』『シスターズ』にハマったという声が続出している。俳優の圧倒的な演技力や奇抜なストーリー、さらには挿入歌についつい引き込まれてしまうが、専門家は別の角度からの視聴を提案している。日本のドラマではなかなか味わえない韓国ドラマの魅力とは―。今回は高い人気を誇る大ヒット作『梨泰院(イテウォン)クラス』を取り上げ、“プロっぽい見方”を紹介しよう。
『六本木クラス』との顕著な違いは照明、道路使用には自治体の支援が不可欠
このお正月、話題の韓国ドラマの一気見を計画しているドラマファンは多いことだろう。韓国ドラマを敬遠していた層からも、Netflixでほぼ3年前に配信され今年リバイバルヒットとなった『梨泰院クラス』『愛の不時着』や世界的ヒット作『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』『シスターズ』にハマったという声が続出している。俳優の圧倒的な演技力や奇抜なストーリー、さらには挿入歌についつい引き込まれてしまうが、専門家は別の角度からの視聴を提案している。日本のドラマではなかなか味わえない韓国ドラマの魅力とは―。今回は高い人気を誇る大ヒット作『梨泰院(イテウォン)クラス』を取り上げ、“プロっぽい見方”を紹介しよう。
今年7月から日本のテレビ朝日系で放送された『六本木クラス』は、20年1月から3月まで韓国のケーブルテレビ局JTBCで放送され、後にNetflixで配信された『梨泰院クラス』のリメークだ。ソウルの多文化地域・梨泰院を舞台に、巨大外食産業の会長を打倒し仲間と始めた飲食事業の成功を目指す下剋上ストーリーが痛快だった。『梨泰院クラス』を見てから『六本木クラス』を、あるいは『六本木クラス』を見て元ネタの『梨泰院クラス』を見た人も多いだろうが、両作品を細かく見比べるとさまざまな違いがあることに気付く。
例えば、出演俳優に対する陰影の付けた方。「六本木クラス」は全体的に明るい印象がするが、「梨泰院クラス」は反対に暗い。とくに会長室の相違が大きい。韓国の大手エンタメ企業SIDUS(サイダス)やCJエンターテインメントで多数の映画のプロデュース・配給に携わった映像・出版プロデューサーの尹勝鏞(ユン・スンヨン)氏がこう指摘する。
「『梨泰院クラス』の映像の陰影が深いのはシネマチック・モードで撮影しているからです。これは映画のような撮影手法のことで、特に特徴が現れるのが照明の当て方。主人公のパク・セロイや長家のチャン・デヒ会長の顔がクローズアップされる際、顔の半分に光があたり、顔のもう半分は暗いまま、という場面が多く登場します。これは顔の真横から照明を当てることで陰影を強め、それによって表情に立体感を出し、深い心象風景を表現します。部屋全体を暗くしているのも照明の効果を上げるためです。従って暗いシーンほど照明の技術が必要となるわけです。カメラの撮影方法も広角と望遠、両方を使い分けていますし、それに合わせて高価なレンズを使っています。トランスジェンダーのマ・ヒョニが料理対決のスタジオに入ってくる場面も、逆光による強いコントラストで、差別に立ち向かうマ・ヒョニの決意や強靭なスピリッツを見事に表現していました。こうした照明手法が韓国ドラマの魅力でもあります。
さらに言うと、『梨泰院クラス』は夜中に屋外で撮影しているシーンがたくさん出てきます。夜中の撮影は、照明機材のほか照明に電気を送るジェネレーター(発電機)、またそれらを運ぶ車両、人員配置が必要となりかなりのコストがかかります。このため最初からまとまった製作費が必要となります。多くの韓国ドラマは1話あたり1億円以上の制作費をかけていますから照明にも力を入れることができるのです。『六本木クラス』の映像が全体的に明るいトーンになっているのは照明にかけるコストを削らざるをえなかったからかもしれません」
韓国ドラマが映画のような仕上がりになる理由の1つが、時間をかけた照明設計と技術というわけだ。しかし、それだけではない。実際の撮影を支えているのが最新鋭の撮影機材だ。目まぐるしい場面転換があるかと思えば、静謐(せいひつ)で重厚な長回しの場面も登場する。
「日韓ともにドラマ撮影用のカメラは日本のソニーREDなどの高級プロ用が多いと思いますが、韓国ドラマの場合、場面の緩急に合わせてハンディカメラや動画用アクションカメラのGoPro、加えてドローンカメラも頻繁に使います。立体的でダイナミックな撮影をするためパンサードリーという高価な機材も投入します。この機材はカメラを装着したクレーンを取り付けたり、レールの上を走ることもできたりします。1日のレンタル代が10~20万円を超える高価な撮影機材をロケ現場に投入することで迫力のあるシーンが撮影できるのです。日本のドラマの場合、機材は変わらないと思いますが、運用できる時間的余裕がないのかもしれません」
他にもある。韓国ドラマと言えば、手に汗握る激しいカーアクションがしばしば登場する。『梨泰院クラス』も後半のクライマックスに突入すると、目が回りそうなカーチェイスが展開されドラマの熱気をぐんぐん上げていく。かなり危険にも見えるが、こうしたカーアクションはなぜ可能なのか?
「簡単に言うと道路使用許可の問題です。例えば刑事と武装犯罪グループの手に汗握る攻防を描いて大ヒットした韓国のサスペンスアクション映画『監視者たち』のカーチェイスシーンはソウル市の繁華街・江南(カンナム)の目抜き通りで撮影されました。事前に綿密な撮影計画書の提出は必要でしたが、ソウル市の全面協力を得られました。『梨泰院クラス』のカーチェイスは地方の道路で撮影されたようですが、韓国の自治体は映画やドラマの撮影に協力的なところが多く、バックアップも得やすいですね。一方、日本では政府も東京都も各地のフィルムコミッションも道路使用許可についてはほとんど機能していません。『六本木クラス』の制作チームは六本木の警察や商店街の協力が得られたと語っていましたが、実際には裏手の路地での撮影となるなど苦労の跡がうかがえます。私も日本での撮影の際、道路使用許可を取るのに大変な苦労をした思い出があります。映画やドラマ撮影についていかに行政の理解が得られるか……。これが日韓のドラマの出来栄えに大きな差を生んでしまっている理由なのかもしれません」
質の良いドラマを世に送り出すには作り手だけではなく、映像作品に対する国や自治体の姿勢も大きく問われる、ということのようだ。そんなことを念頭に『梨泰院クラス』を見れば今まで気づかなかった発見がありドラマの魅力も倍増することだろう。