失われるゲストハウスの魅力 深刻な人材不足 外国人の予約で年末年始埋まるも宿側は危機感

簡易宿が密集する東京・山谷地区のゲストハウスに外国人旅行者の姿が見られるようになった。9月の入国規制の緩和で、年末年始の予約が外国人で埋まっている宿もあり、新型コロナウイルス流行前の活気が戻ろうとしている。一方で、もろ手を挙げて喜ぶことはできない事情もある。長引くコロナ禍の影響でゲストハウスの働き手が不足。外国人との交流も失われ、ゲストハウス文化は存続の危機に立たされている。

予約で埋まった表を見せるカンガルーホテルの小菅文雄さん【写真:ENCOUNT編集部】
予約で埋まった表を見せるカンガルーホテルの小菅文雄さん【写真:ENCOUNT編集部】

「一気に外国人の数が増えています」 その裏で新たな課題

 簡易宿が密集する東京・山谷地区のゲストハウスに外国人旅行者の姿が見られるようになった。9月の入国規制の緩和で、年末年始の予約が外国人で埋まっている宿もあり、新型コロナウイルス流行前の活気が戻ろうとしている。一方で、もろ手を挙げて喜ぶことはできない事情もある。長引くコロナ禍の影響でゲストハウスの働き手が不足。外国人との交流も失われ、ゲストハウス文化は存続の危機に立たされている。(取材・文=水沼一夫)

「緩和によって9月以降は一気に外国人の数が増えています。年末年始に至っては日本人の方で滞在中の方やおなじみの方を除くと、100%外国人の予約で埋まっています。コロナ前の2019~20年の感じをようやく取り戻しつつありますね」。こう話すのは、山谷に本館、別館(SIDE B)を構えるカンガルーホテルの小菅文雄さん。実際に予約表を見せてもらうと、12月はびっしり。1月以降に関しても「見込みとしては10、11、12月の延長線で当分いけると思います」と好感触を口にした。

 1年前はまったく状況が違った。コロナの影響で街全体から外国人が消えた。今年9月、入国規制が緩和され、カンガルーホテルでは月を追うごとに外国人旅行客が増えているという。

「コロナ前は外国人6割、日本人4割ぐらい。今は外国人3割、日本人7割ですね。急に仕事が忙しくなった分、今までスタッフをギリギリの数で回していたので慌てて募集をかけています」

 別館は17客室で、かつては外国人に人気の高い畳を敷いていた。コロナ流行後、日本人向けにベッドを入れたが、再び和室に戻すことを検討している。

 一方で、手放しでは喜べない状況もある。

「ウチのような価格帯のホテルがコロナによってつぶれちゃったり、休業して閉館状態になっているところがいっぱい増えてきたんですね。ゲストハウスとかそれに類するホステル形式のリーズナブルに泊まれて、共有部分はあるけれどもプライベートな旅行も楽しめるというスタイルのホテルが軒並みやめちゃった。受け皿が少なくなって生き残ったホテルにゲストが集中している状態です」

 カンガルーホテルは1泊3000円から。徒歩圏内の浅草も含めて、同様の価格帯のゲストハウスは多かった。しかし、コロナによりビジネスホテルも値下げを打ち出すなど競合。経営状態は厳しく、休業が相次いだ。

 今年8月には東京や関西に展開していたゲストハウスの有名チェーンが廃業。理由はコロナで、業界に衝撃を与えた。「山谷でゲストハウスとして一番最初に外国人を受け入れたところも、オーナーさんがやめましたね。パイオニアだったのでショックでした」

 外国人が戻っても、高まる需要に供給が追いつかない事態が発生している。

 さらに深刻なのが、宿で働くスタッフの不足だ。

「募集はかけているんですけど、人が集まらない。かつてはゲストハウスブームもあって、50人くらい応募があった。多いときで倍率は10倍でした。今は2~3人しか応募がない。コロナによる打撃もあるんですけど、ホテルで働いていこうという人たちにとって、ホテルの未来というものがコロナによってネガティブな印象になっちゃったのかなとも思っています。例えば、安定しない。それは経営者も感じていること。かつてはゲストハウスカルチャーもあったと思うんですけど、そこからは人がどんどん離れている」

 公式サイトや求人サイト、ハローワークも活用しているが、「ハローワークは1年で1人も応募がない状態でした」と、採用活動のスタート地点にすら立たせてもらえない。建設したはいいものの、人出不足でオープンのメドが立たないホテルもあるという。育成には年単位の時間がかかるため、継続して働いてもらう必要もある。

コロナ禍で日本人向けにベッドに切り替えた和洋室【写真:ENCOUNT編集部】
コロナ禍で日本人向けにベッドに切り替えた和洋室【写真:ENCOUNT編集部】

失われた国際交流の場 宿は「泊まって帰る場所になった」

 客足が回復してきたとはいえ、働く側には不安が残ったままだ。いつ何時、またコロナが拡大し、緊急事態宣言が出されないとも言えない。そうなると、とたんに安定した収入を得ることは難しくなる。

 また、以前とは働き方が異なることも求人に結びつかない理由だと小菅さんは考えている。

「こういうホステルはコミュニケーションが割とテーマになっていたと思います。外国人との語らいだとか、普段の日本の生活では体験できないことをホステルという中で体験できた。外国人とお友達になったり、ということがあったと思うんですけど、そういう機会をみんな敬遠している。ホテルに限らず、観光業界もそうですけど、コミュニケーションをテーマにしてきたところは、そうじゃないあり方を今後探っていかないといけないのかなと思いますね」

 ゲストハウスはロビーラウンジやキッチンが共用のため、旅行者同士のつながりが生まれやすい。異文化交流も大きな魅力だった。しかし、カンガルーホテルでも共用部の使い方は一変している。本館はソファやテーブルに規制線が貼られ、使用することはできない。別館もテーブルやいすを減らしたうえ、席にはアクリル版が置かれ、閑散としている。「誰もいなかったら読書したり、パソコンする人はいますけど、人が1人でもいた時点で、面識のないほかの人が入ってくることはなくなっちゃいましたね」。旅行者はマスクをつけ、宿での会話も最低限。かつてのゲストハウスの使い方とは、別物になっている。「泊まって帰る場所になった。ただ安いだけっていうことしかウチに泊まるメリットがない」と、険しい表情を浮かべた。

 人材が集まることは、日々の業務以外でも得るものが多かったと小菅さんは言う。

「人の数だけ、刺激がありました。スタッフが10人くらいいると、僕の思わない方向にどんどん彼女、彼らが進めてくれていたので、そこも(経営の)助けになっていたんだと思います。くだらない世間話の中から、いろんな新しい空気のようなものが立ち上がってくるのを目撃していたので。今はそれがないので、なかなか手づまりというのがありますね」

 コロナはいつ終息するか分からない。共存するウィズコロナの時代でもある。

 小菅さんは、「物事って急に戻らないから、無理やり考えるよりは、社会の流れと世の中の空気に同調していくっていうことが大切なのかなと。確実に2年前と今は違うじゃないですか。昨日と今日は変わらないけど、そういうことだと思うんですよね。兆しとしてはいいので、これ以上悪くならないと思って、やっていくしかないです」と結んだ。

次のページへ (2/2) 【写真】閑散とした別館のロビー
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