昭和、平成に続く令和維新が始まった 新日本プロレスの熱いバトルを振り返る
「いしん軍」。この名称にプロレスファンは気持ちの高ぶりを押さえ切れないだろう。昭和維新軍に平成維震軍。それぞれの時代に強烈なかがやきを放った軍団である。個性的なメンバー、数々の名勝負、熱気も殺気も突き抜けていた軍団の激闘の歴史を思い出す。
柴田惣一のプロレスワンダーランド【連載vol.119】
「いしん軍」。この名称にプロレスファンは気持ちの高ぶりを押さえ切れないだろう。昭和維新軍に平成維震軍。それぞれの時代に強烈なかがやきを放った軍団である。個性的なメンバー、数々の名勝負、熱気も殺気も突き抜けていた軍団の激闘の歴史を思い出す。
昭和維新軍を率いたのはもちろん長州力。昭和57年(1982年10月8日)「俺はお前のかませ犬じゃない」という日本プロレス史に刻まれる名セリフから始まった維新革命は、新日本プロレス、そして日本マット界を熱くさせた。
長州と藤波辰巳(現・辰爾)の個人闘争は、維新軍と新日本隊の軍団対抗戦に発展。それどころか、維新軍団が新日本を離脱し、全日本プロレスに戦場を移すという大きなうねりにまで発展している。
維新軍がジャパンプロレスという新団体の設立にまで及んだのだから、その人気と勢いのすさまじさを物語っている。
平成維震軍は平成5年(93年)11月13日、反選手会同盟が平成維震軍と名乗ると表明。翌6年の同じ日に平成維震軍としての旗揚げ戦を東京ベイNKホールでゴング。メインイベントでは猪木さんがレフェリーを務め、越中詩郎がタイガー・ジェット・シンを下している。
昭和も平成も、期せずして秋に革命のノロシが上がったが、令和の時代にも新日マットに若々しい雄叫びがとどろいた。
11・5大阪府立体育会館決戦に、英国遠征中だった海野翔太が登場。ターゲットは内藤哲也を退けIWGP USヘビー級王座V3を達成したウィル・オスプレイだった。金髪のロングヘア―をなびかせ、白いスーツの出で立ち。手にはジョン・モクスリーから授かったライダースーツが握られている。
デスライダーでオスプレイをダウンさせた海野は、文字通り上から見下しUSベルトを奪い取ると高々と掲げた。実力行使での挑戦表明だった。
海野は「帰ってきた。去年と今年5月にオスプレイに負けているので、追いかけてきた。自分はいつでもどこでも準備ができている」と胸を張る。その勇姿は棚橋弘至と内藤の良いとこ取りをしたようで、とにかくかっこいい。かねてより新時代の旗手として熱い視線を集めていたが、期待通りの超新星ぶりだった。
11・5決戦で輝いたのは海野だけではない。NJPW WORLD認定TV王座決定トーナメント準決勝で、SANADAを蹴散らした成田蓮の大躍進である。石井智宏、矢野通そしてSANADAを破っての決勝進出は見事の一言。どんでん返しの連続は運だけではなく、実力が伴っていることの証明そのもの。「世代交代がやってきたぞ。あと1個。でも、あのベルトを獲ったからと言っても、終わりじゃない。始まりだからな」と、これまた頼もしい言葉を残した。
ファイナルの相手はザック・セイバーJr。数々のタイトル歴を誇る強者だ。難敵だが、今の成田の勢いをすれば、大どんでん返しのフィナーレを飾るのにふさわしい相手といえそうだ。
海野のIWGP US王座挑戦は、11月20日、東京・有明アリーナ大会と決まった。スターダムとの合同興行だが、メインイベントはスターダムのIWGP女子初代王座決定トーナメント決勝戦。海野VSオスプレイはセミファイナルとなった。ニュースター・海野に向けられる新日本ファンの熱視線は強まるばかり。一気に王座取りを果たし、最前線に躍り出たいところ。若武者・成田VSオスプレイは来春1・4東京ドーム大会。こちらも新時代の到来を満天下に示してほしい。
海野、成田が新王者となれば「令和の革命」がスタートする。海野と成田が共闘するかは否かは、まだまだ未知数だが「令和“威”新軍」の誕生となれば、楽しみになってくる。秋はマット界の変動が始まる時期。昭和維新、平成維震、そして「令和威新」。もう待ちきれない。