台風15号で濁流に飲まれる様子をリアルタイムで発信 旅館主人が語る壮絶な一夜
静岡県を中心に甚大な被害をもたらした台風15号から1週間、被災地ではいまだに自然災害の爪痕が生々しく残されている。SNS上で館内が濁流に飲み込まれていく様子をリアルタイムで発信した静岡市葵区の温泉旅館「油山温泉元湯館」に、被害の状況と現状を聞いた。
SNS上で館内が濁流に飲み込まれていく様子をリアルタイムで発信
静岡県を中心に甚大な被害をもたらした台風15号から1週間、被災地ではいまだに自然災害の爪痕が生々しく残されている。SNS上で館内が濁流に飲み込まれていく様子をリアルタイムで発信した静岡市葵区の温泉旅館「油山温泉元湯館」に、被害の状況と現状を聞いた。
「宿の中が川になってしまいました。自然の前ではあまりにも無力でした。今後はしばらく営業できそうもありません。コロナ禍の中踏ん張ってきましたが、さすがに心が折れそうです」
先月24日未明にツイッター上に投稿された動画では、激しい濁流が館内を流れ、建物全体が川となってしまった生々しい様子が映し出されている。その後も「旅館(建物)が危ないです。どうにかお客様だけでも避難させてあげたいです。でも道はなくなりました…」「ヘリでの救助要請しております どうかきてもらえますように お客様だけでも、どうかお願いいまします」(投稿は原文ママ)と、刻々と変わる状況がリアルタイムでつづられている。
「当旅館では昨年11月から1日2組様限定の貸し切り営業をしており、当日も2組4名とお連れの犬が3匹宿泊しておりました。遅くに来られたお客様が到着されたのが午後9時。午後8時頃から雨が強まり、電車や新幹線が止まっているという情報も入っていましたが、その時点ではこんなことになるとは思いもよりませんでした」
投稿を行った旅館の3代目主人、海野博揮さんは恐怖の一夜をそう振り返る。その後も雨は降り続き、深夜12時を回った頃に山から流れ出した水が館内に侵入。あっという間に床上まで浸水し、旅館の前を流れる川は氾濫寸前の状況となっていた。
「雨音に加え雷もひどく、山の中で木がバキバキと折れる音や、大きな岩がゴロゴロと流される音でとても寝ていられるような状況ではありませんでした。お客様には2階の客室に避難していただき、その段階で一度目の救助を求めました」
当時は市内全域で救助要請されており、災害対策本部からの指示でひとまず待機を強いられた。午前3時には停電し、状況はさらに悪化。水流にはぎ取られ流されてきた道路のアスファルトが壁を破壊し、館内が濁流に沈むなか、たまらず2度目の救助要請を求めた。
悪天候でヘリを飛ばせず、山を迂回して徒歩で救助に
「その頃には宿は完全に川の中で、100キロ近くあるプロパンガスのボンベがミサイルのように流されてきて、ガスが吹き出て非常ベルが鳴り響いているような状況でした。消防からは、宿に通じる道がすべて川に飲み込まれ、車では来れない、悪天候でヘリも飛べないと連絡があった。それでも消防の方があらゆる手段を模索してくれ、徒歩で山の斜面を迂回し救助に駆けつけてくれました。山肌からオレンジ色の防護服が見えたときは心底ホッとした。服の色が認識できたので7時か8時か、すでに夜は明けていたと思います」
程なくしてヘリが到着。着陸はできないため、上空でホバリングしたまま一人ずつ宿泊客を引き上げ、無事全員を救助した。恐怖の夜から一夜明け、被害の状況が少しずつ明らかになってきたという。
「お客様の車は2台とも今も土砂の中。まだ道をレッカー車が通れないため、運び出せずにいます。旅館の前の川は流れが変わって、今はかつて道路だった場所を流れています。私が生まれたときから育った旅館で、土砂で埋まった風呂を見たときには涙が止まりませんでした。それでも、お客様とその愛犬、私ども家族の命が無事だっただけでもよかった。今はまだ、それくらいしか言えません」
折から続くコロナ禍では長く営業停止を余儀なくされた。苦肉の策で始めた、愛犬と一緒に泊まれる貸し切りサービスが好評となり、これからというときに襲った未曽有の台風被害。祖父の代から70年以上も続く老舗旅館だが、まだ再開の目途は立っていない。