「六本木クラス」視聴率V字回復できた理由 テレ朝担当Pが語る「梨泰院クラス」との距離感
7月7日からスタートしたテレビ朝日系ドラマ「六本木クラス」(毎週木曜、午後9時)がこの夏のテレビ界で注目を集めている。2年半前にNetflixで配信され日本でブームとなった韓国ドラマ「梨泰院クラス」の日本初ドラマ化で、全13話という昨今のドラマとしては異例のスケールを実現させた。当初はキャスティングやキャラクター造形について賛否両論が巻き起こっていたが、後半への折り返し点に差し掛かり「視聴率がV字回復した」と注目されている。同局の大江達樹プロデューサーに手応えを聞いた。
原作にないトランスジェンダー綾瀬りくの過去を深堀り
7月7日からスタートしたテレビ朝日系ドラマ「六本木クラス」(毎週木曜、午後9時)がこの夏のテレビ界で注目を集めている。2年半前にNetflixで配信され日本でブームとなった韓国ドラマ「梨泰院クラス」の日本初ドラマ化で、全13話という昨今のドラマとしては異例のスケールを実現させた。当初はキャスティングやキャラクター造形について賛否両論が巻き起こっていたが、後半への折り返し点に差し掛かり「視聴率がV字回復した」と注目されている。同局の大江達樹プロデューサーに手応えを聞いた。(取材・文=鄭孝俊)
――テレビ番組は何かと視聴率が取りざたされます。「六本木クラス」は第1話の9.6%から第3話の7.0%まで下がった数字がその後、再び9%台に戻ってくるなどV字回復してきました。かなり珍しい現象です。どう解釈していますか?
「放送開始前からネットやSNSでは韓国ドラマを日本でリメークすること自体やロケ地、キャスティングなどをめぐってさまざまな意見が上がっていました。人気原作のリメークですので、厳しい意見も多数ありましたが、放送を重ねるごとに好意的な意見が増えてきているのは実感していますし、非常に有り難く思っております」
――この夏のドラマは全体的に視聴率が低調と言われていますが、そんな中、「六本木クラス」は初回見逃し配信の再生回数が274万回と今クールの連続ドラマで全局トップとなりましたし、Netflixの視聴ランキングも本家の「梨泰院クラス」を一時抜きました。これはどう思われますか?
「テレビを取り巻く環境が急速に変わってきていますよね。自分の好きな時間に好きな場所でゆったりと落ち着いてドラマを見たいという視聴者が増えていると思います。ドラマの評価を考える場合、視聴率や配信、タイムシフトなどの数字をトータルで考える必要があるのではと思います」
――「六本木クラス」独自の魅力が受容されつつあるのでしょうか?
「オリジナルは韓国ドラマですが、私たちは日本の視聴者に受け入れてもらえるような工夫を第一に考えてきました。『梨泰院クラス』の主人公パク・セロイやWヒロインのスアとイソ、そしてチャン会長とその息子らのイメージは踏襲しつつも日本版らしいキャラクター造形や設定を考えてきました。日本ローカライズによってそれぞれの登場人物に親しみを持ってもらえたのではないでしょうか。ネットでも当初は『梨泰院クラス』と比較するコメントが多かったのですが、徐々に『仲間思いの新(竹内涼真)に感動』とか『優香(新木優子)の葛藤がつらすぎる』『葵(平手友梨奈)の一途な思いが切ない』など、その役に感情移入していると受け取れるようなコメントが増えてきました。『梨泰院クラス』のリメーク作というより、『六本木クラス』の独自の世界観が視聴者にとって魅力的に映るようになったのだとしたらうれしいですね」
――『梨泰院クラス』と『六本木クラス』の距離感についてどう調整していますか。
「現場で田村監督はスタッフ・キャストに『梨泰院クラス』を意図的にまねする必要は無いし、意図的に変えようとする必要もない、と言っていました。つまり、もともとの原作が面白いのだから、それをローカライズした台本を信じて、1シーン1シーンとにかく面白いドラマにすることだけを考える。結果、そのシーンが『梨泰院クラス』と違ったものになろうが、そっくりなものになろうが、いいじゃないかという開き直りが大事なのだと思いました。竹内さんをはじめキャストの多くは『六本木クラス』への出演が決まってからは『梨泰院クラス』は見ていないそうです。『梨泰院クラス』の登場人物の演技に引っ張られてしまったり迷ったりすることがないようあえて見ないようにしているそうです。香川さんは過去にも『梨泰院クラス』を見たことがなく、『六本木クラス』でそのシーンを演じた後に『梨泰院クラス』の同じシーンを見て相違点を探して楽しんでいるそうです」
――折り返し点に近づくごとに「梨泰院クラス」には登場しないテレ朝独自のシーンが増えてきました。さとうほなみさん演じるトランスジェンダーの綾瀬りく(「梨泰院クラス」ではマ・ヒョニ)については独自の解釈を加えましたね。
「『梨泰院クラス』を見て不思議だったのは主要キャストの1人であるトランスジェンダーのマ・ヒョニだけその過去がよく分からないところです。いったいどんな人物なのか、セロイとはどこで知り合ったのか。外食産業がテーマになっているドラマで、お店の料理長ですし、また、トランスジェンダーに対する周囲の反応も日本と韓国では違うので、日本版ではその人物像についてもっと掘り下げる必要があるのでは、と考えました。他のプロデューサーや監督、脚本の徳尾浩司さんとも議論して第4話では、りくが幼いころ女の子の姿に憧れたことで親にとがめられるシーン、工場の回想では、りくが自分で作った弁当を落としてしまい、その中身の崩れた弁当を新が『見た目なんか関係ない』と言いながらおいしそうに食べるシーンを追加し、トランスジェンダーのりくが勇気づけられるせりふも加えました。こうした解釈の補強が『六本木クラス』の独自性となっていますし、新たな魅力にもなったのではないかと思います」
――他方で「梨泰院クラス」の名シーンの数々は踏襲されています。
「私も多くのスタッフも『梨泰院クラス』にハマっていたので、皆それぞれ『あのシーンは絶対残したい』というのはありましたね。編成・営業に調整してもらい、日本の連ドラとしては異例の13話と本数を増やしたのも、『梨泰院クラス』ファンの皆さんに『大好きなあのシーンがない!』と言われないように考え抜いたつもりです。もし、無かったら謝るしかないです(笑)」
――ドラマ「梨泰院クラス」の原作となった韓国コミックが日本語翻訳版コミック「六本木クラス」としてリリースされすでに人気となっていました。
「テレビ朝日は六本木に位置しています。私もスタッフも六本木の街を熟知していますが、実際にロケに行くと『こういうふうに見えるのか』と新たな発見がありました。新と優香が一緒に歩いた芋洗坂(いもあらいざか)もテレビカメラを通して見るととてもすてきな絵になります。六本木の街は人や車両の通行量が多いのでロケの許可がほとんど出なかった。となると日本のドラマはどうしても許可が下りやすいおなじみの場所でロケを行うしかないので既視感のある似たような絵になりがちです。でも今回の『六本木クラス』については『六本木を魅力的な街に見せたい』という我々の想いに対して、所轄の麻布警察署や商店街の方々の賛同をいただきロケが可能となりました。ふだん六本木に通っている方にとっても新鮮な感覚を持てる映像になっていると思います」
――今回のリメークを通してどんな収穫がありましたか?
「韓国ドラマはこれまでに各局でリメークされていますが、今回の『六本木クラス』は日韓共同プロジェクト、しかも通常9話前後の日本のドラマをスケールの大きい全13話編成にするという初めてのトライとなりました。オリジナルにそっくりにしても日本風に大胆にアレンジしてもどっちにしてもネガティブな意見が視聴者から出るだろうと予想していました。でも私たちはそういった批判をおそれず、日本のドラマにはいろんな制約がある中でも『面白いドラマを作りたい』という根幹は揺るぎませんでした。当初は『梨泰院クラス』と『六本木クラス』を比較していた方々も、回を重ねるごとに日本独自の物語世界を持ったドラマとして魅力を感じてくれているのであれば、うれしいです。こういった経験を通して今後考えたいのは、日本のドラマをいかにして世界に発信していくか、です。Netflixの大ヒット韓国ドラマ『イカゲーム』にしても、世界観が近いよく似た映画やドラマは日本にもいくつもあったはずなのになぜそれらが世界を意識した方向性に行かなかったのかを考える必要があるのかもしれません。日本は市場がそれなりに大きかったので、今までは海外を意識する必要はありませんでした。しかし、急激な配信の普及でボーダレス化していく流れの中で、韓国ドラマのように世界市場を意識した作り方をもっと研究すべきだと自戒しております。日本のドラマは世界市場でウケないという思い込みや先入観にとらわれず、今後もチャレンジを続けていきたいと思います」
□大江達樹(おおえ・たつき)1971年生まれ、宮城県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。大学では体育会蹴球部(ラグビー部)に所属。97年にテレビ朝日入社。『Sma STATION』などバラエティーでディレクターを経験した後、ドラマ部に異動。『信長のシェフ』『ドクターX~外科医・大門未知子~』『オリンピックの身代金』『宮本武蔵』『アイムホーム』『黒服物語』『未解決の女』『七人の秘書』『愛しい嘘』などをプロデューサーとして担当。