「50年前のものをもう50年走らせたい」 腕利き整備士が明かす“不可能を可能にする術”

正規品の部品がなくてもむげに断らない――。そんな良心的なバイク整備士がいる。自動車・バイク整備工場「アートモータース」(神奈川県平塚市)のメカニックを担当する熊澤武さん(41)だ。親身になって修理してくれる姿勢から、いつしか愛好家からは「困った時の駆け込み寺」と呼ばれるように。町工場のプロの横顔に迫った。

整備士の熊澤武さんは「カワサキ・W1SA」が人生の1台だ【写真:ENCOUNT編集部】
整備士の熊澤武さんは「カワサキ・W1SA」が人生の1台だ【写真:ENCOUNT編集部】

SUBARUラビットスクーターが初めての旧車 「アートモータース」整備士

 正規品の部品がなくてもむげに断らない――。そんな良心的なバイク整備士がいる。自動車・バイク整備工場「アートモータース」(神奈川県平塚市)のメカニックを担当する熊澤武さん(41)だ。親身になって修理してくれる姿勢から、いつしか愛好家からは「困った時の駆け込み寺」と呼ばれるように。町工場のプロの横顔に迫った。(取材・文=吉原知也)

 実はバイクとの出会いは学生時代で、友人が400CCに乗っていてなんとなくバイクに興味を持ったことがきっかけです。車もバイクも免許を取ってから好きになった感じなんです。

 20歳過ぎの時に、たまたま古本屋でオートバイの雑誌を見ていて、メグロの白バイと、現在のSUBARUのラビットスクーターが目に入って、旧車というものを意識しました。それでも、当時は敷居が高いなと思っていたんです。それで、バイク屋でバイトをしていた時に、解体業者でラビットスクーターの90CCを偶然見つけて。数千円で譲ってもらいました。これが、僕にとっての初めての旧車です。タンクのサビを取ってしっかりメンテナンスして、いまでも大事に乗ってますよ。それにしても高騰化していて、200CCなんて50万円ぐらいの値段で売買されているのでびっくりですよね。

 そこからある大手の整備会社に就職して、メーカーもの、旧車、新車、外車と相当の数をこなして鍛えてもらいました。いまにもすごく生きています。

 旧車にのめり込むようになったのは、あるお客さんの言葉がきっかけでした。「旧車って直してもすぐ壊れるでしょう」と言われたことがあるんです。これは僕の中で引っかかったんです。別のお客さんのバイクで、「バイクを降りることにしました」と持ってきてもらった際に、よくよく点検したらすごく状態が悪かった。そもそも乗れる状況にないのであれば、それは嫌になっちゃうなと。こうしたもったいないことでバイクから離れる人が増えてしまうことをなくしたい。その思いがどんどん強くなったんです。

 僕のモットーは「50年前のものでも、もう50年走らせたい」です。バイクも車も、維持・メンテナンスさえし続ければ、長く乗れるんです。正規品の部品について、メーカーがなくなったり、現行メーカーがもう製造していない場合は、修理が不可能だと思われるかもしれません。でも、そんなことはなく、例えばオーナーズクラブに在庫があったり、リプロダクトで製造していたりします。それに、ヤフオクやメルカリなどネットで正規品を探すのも手ですが、類似品や他社の部品で代用できるものもあります。僕はオーナーさんと相談しながら、どうにかできないか、他の部品でも流用できないか、何か見つからないかといったスタンスで修理させてもらっています。

「お客さんに楽しく乗ってもらいたい」が原動力

 僕の愛車の1つは、カワサキ・W1SAで、エンジン音に魅了された人生の1台です。1972年式で6年前に譲り受けたのですが、もう50年乗れるようにと思っています。もう存在しないメーカー・丸正自動車の1964年式「ライラック R92」はレストア中です。ちなみに、いまの「アートモータース」の社長も旧車好きで、バイクだと74年式スズキ・バンバン125など、クルマも珍しいものを集めているんですよ。

 お客さんの情熱にほだされることもよくあるんです。真っ赤な94年式ホンダ・ハンターカブ110を持ってこられて。10年ぐらい置きっぱなしにしていたそうなんです。でも、「定年になって久しぶりに乗りたいんだよね」とお話されていて。そう聞いたら、何とかしないといけないと心を動かされました。メグロS3の旧車は、部品がないものが多く、エアクリーナーは別メーカーのスズキの部品を使って修理しました。70年代のスズキ・ハスラー90は、ネットで買ったということだったのですが、車体のメインの配線が正しく付いてなくてひどい状態でした。お客さんと相談して費用はかかりますが、メインハーネスを外してそこだけ業者に直してもらいました。

 ネットを通して買った車体は整備履歴が分からない場合が多いので、ゼロから点検して何が問題なのかを洗い出すことから始めないといけないです。時間と手間がかかります。修理に出そうとしても、メーカーや同業者に門前払いされるケースもありますが、僕はどうにしかしたいと思って、できる限り引き受けています。すべては、お客さんが喜んでくれるのが原動力です。「今まで乗った中で一番調子いい」と言葉をかけてもらえることもあるので、「お客さんに楽しく乗ってもらいたい」、その一心で日々取り組んでいます。

 とはいえ、まだまだ勉強中の身です。ヘッドライトにLEDを導入するなど、旧車に新しい技術を取り入れるなど、工夫を重ねています。長く乗ってもらえるよう、より安心でより信頼されるよう、頑張っていきたいです。

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