14紙購読の“新聞芸人”プチ鹿島が語る情報社会の見方「リテラシーという高尚なものじゃない」

時事芸人のプチ鹿島(51)が、執筆業で引っ張りだこだ。新聞14紙を購読し、その読み比べをもとに独自視点のコラムを執筆。今や連載は月17本に上り、時事芸人としての地位を確立した。このたび「お笑い公文書2022 こんな日本に誰がした! プチ鹿島政治コラム集」(文藝春秋)を上梓した鹿島に、時事芸人になるまでの歩みや転機を聞いた。

時事芸人の地位を確立したプチ鹿島
時事芸人の地位を確立したプチ鹿島

「活字プロレス」から学んだ読み比べる楽しさ

 時事芸人のプチ鹿島(51)が、執筆業で引っ張りだこだ。新聞14紙を購読し、その読み比べをもとに独自視点のコラムを執筆。今や連載は月17本に上り、時事芸人としての地位を確立した。このたび「お笑い公文書2022 こんな日本に誰がした! プチ鹿島政治コラム集」(文藝春秋)を上梓した鹿島に、時事芸人になるまでの歩みや転機を聞いた。(取材・構成=水沼一夫)

 新聞の読み比べは、実はもう趣味というか、個人のたしなみというか、特にこうやって文章に書いたり、番組でしゃべる前から普通に1人でやっていたんですよ。この新聞はこう書いてるけど、別の新聞では全く違う論調があるから面白いなとか、週刊誌ではこの新聞がいじられているけど、じゃあこの新聞はもともと何を言っていたんだろうとか、自分でまっさらな状態から調べるようにしていました。

 新聞10何紙を比べてうんぬんというのはここ10年の話です。若手芸人時代はお金もないですから、せいぜいスポーツ新聞ぐらいしか読まない時期もありましたが、文章を読み比べるということは子どもの頃からやっていました。

 僕はもともとプロレスが大好きで、僕が10代の頃の1980年代、20代の90年代というのは、プロレスの活字文化が隆盛を極めた時代でした。あの試合をプロレス記者がどう見るかというのが、すごく気になった。なんか映画そのものよりもその映画についての評論とか、あの人が何を言うかとか、そういう楽しみ方というのは今もあるじゃないですか。それと同じ感覚をもう10代20代のときにプロレスで抱いていました。

 しかもプロレスって見る人が10人いれば10人の見方が違う。同じ週刊誌でも全く切り口が違うことに面白さを覚えて、そこから自分の好きなものに関しても、世の中のニュースに関しても、いろんな角度から見るようになりました。今の言葉で言うとリテラシーと言うんでしょうけど、そんな高尚なものじゃなくて、ああでもない、こうでもないという野次馬精神のようなものが育まれたと思います。

 僕は長野出身なので、新聞は地元の信濃毎日新聞を読んでいましたが、こだわりはありませんでしたね。家を出て一人暮らしをするとき、一番最初に購読したのは読売新聞でした。学生寮というか、自分の住んでいたアパートに一番近い新聞の宅配所が読売だったというのが理由です。

 しかも最初は自分でお金を出して、自分の部屋にだけ一紙が来るというのはうれしい反面、結構プレッシャーでもあって、せっかく3000~4000円を払っているんだったら、お金を無駄にしちゃいけないという気持ちが強かったですね。

 朝起きて、新聞を隅から隅まで読んで頭に入れて、初めて外に出ていくというのが新聞の読み方だと思っていたんですけど、ただ実際それをやるともう本当に疲れちゃって、なんかもう新聞読むのきついな、つらいなと学生時代は思っていました。

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