“グラビア女王”と呼ばれた川村ひかる、過去作を見返して「これ、私?」 切磋琢磨の当時

かつて2000年前後にグラドルとして一時代を築き、“グラビア女王”と呼ばれた川村ひかるさんは現在、働くママとして新たな存在感を放っている。20代で子宮内膜症、31歳で若年性更年期障害などの病魔を乗り越え、5歳長男の子育てと仕事を両立。女性の健康や妊活をサポートするための活動に取り組む42歳に、「人生においてのグラビアとは」を振り返ってもらった。

グラビア女王と呼ばれた川村ひかる【写真:Megu Entertainment株式会社提供】
グラビア女王と呼ばれた川村ひかる【写真:Megu Entertainment株式会社提供】

2000年前後にグラドル一時代 「今はラッシュガードを必ず上に着てお肌の露出は手と脚のみです(笑)」

かつて2000年前後にグラドルとして一時代を築き、“グラビア女王”と呼ばれた川村ひかるさんは現在、働くママとして新たな存在感を放っている。20代で子宮内膜症、31歳で若年性更年期障害などの病魔を乗り越え、5歳長男の子育てと仕事を両立。女性の健康や妊活をサポートするための活動に取り組む42歳に、「人生においてのグラビアとは」を振り返ってもらった。(取材・文=吉原知也)

 当時のグラビアのお仕事は、とても楽しく充実していましたが体力的にはハードでした。ひと月のうち隔週海外へ行き撮影なんてことも多々ありました。隔週の間には日本での生放送や番組収録もあるので、撮影が終わり次第すぐに帰ってくるといったスケジュールでした。ロケ地はハワイやバリ島などの長距離の場所から、スケジュールが多く取れない時はサイパンや、海外が難しければ沖縄だったりしました。撮影場所の選択肢に於いても景気の良かった時代と今とでは全然違いますよね。更に当時は海外にいくと必ず撮影予備日があったのでお天気に恵まれ撮影が終わってしまえばオフを満喫できたことが、唯一の楽しみでした。

 当時は20年ぐらい前の話ですし、インターネットやSNSもない時代です。唯一の楽しみはお仕事終わりに友人と会って話すことが楽しみでした。朝6時にはスタッフの方のお迎えが来て、夜10時頃に仕事が終わる。そこから遊んで帰るので時間は遅くなるけど、体力もありましたし自分の時間を楽しみたいって気持ちが大きかったです。とにかく今では考えられないようなスケジューリングでした。

 過去の自分の作品を見返すと、あまりに時が経ちましたので「これ、私?!」みたいな感じで、自分のことのようには思えないですね(笑)。色んなことを経験したことはすごく楽しい思い出ですが、とにかく必死でしたね(汗)。ママになると、そんなもう昔の様にフェロモンむんむんの水着を着て、子供と一緒にプールに行くなんてこともないですし、今はラッシュガードを必ず上に着てお肌の露出は手と脚のみです(笑)。

 あの頃の芸能界を振り返ると、いまみたいにタレントさん同士が仲良くしてという感じではなかったですね。今はSNSがあり、キラキラした方のリア充ライフはみているだけで楽しませてもらったり、また人との繋がりもすぐにできる時代ですが、当時のグラビアアイドル達は「みんなライバル」という意識でした。

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