東京2020から1か月 改めて検証する母国開催の意義 選手の肉声を間近で聞いて感じたこと

東京2020が9月5日のパラリンピック閉会式で幕を閉じて、1か月が過ぎた。新型コロナウイルスの第5波がピークアウトしたとされる今、開催意義が問われた大会を改めて振り返る。出場する選手や現場で働く関係者は、葛藤と闘いながらそれでも懸命に成功を目指した大会でもあった。東京五輪、東京パラリンピック両方に携わったスタッフは、当初大会開催に複雑な思いを抱きつつも、最後は喜びに変わったと話す。そのきっかけになったパラリンピックの出来事とは?

東京2020ではボランティアの献身的な活躍が目立った【写真:Getty Images】
東京2020ではボランティアの献身的な活躍が目立った【写真:Getty Images】

「複雑」な気持ちが「やってよかった」に変わった理由

 東京2020が9月5日のパラリンピック閉会式で幕を閉じて、1か月が過ぎた。新型コロナウイルスの第5波がピークアウトしたとされる今、開催意義が問われた大会を改めて振り返る。出場する選手や現場で働く関係者は、葛藤と闘いながらそれでも懸命に成功を目指した大会でもあった。東京五輪、東京パラリンピック両方に携わったスタッフは、当初大会開催に複雑な思いを抱きつつも、最後は喜びに変わったと話す。そのきっかけになったパラリンピックの出来事とは?

 テニス会場で五輪、パラリンピックの全日程でスタッフとして携わった森元美津子さんは、「正直、五輪のときは複雑な気持ちも、複雑じゃない気持ちもないくらい忙しかった。パラリンピックでやってよかったと思えるようになったんです」と率直な思いを明かす。

 森元さんは長年ノルディックスキー・ジャンプに関わり、冬季五輪、ワールドカップ(W杯)などに派遣経験がある。現在は、“レジェンド”葛西紀明が所属する土屋ホームでコーディネートをサポート。また、陸上男子走り高跳びの戸辺直人のマネジメントも務めており、国際的イベントの意義については人一倍理解しているベテランだ。

 だが、五輪前は、すべてのことを前向きには受け止められなかった。

「1回目の2020年の五輪が延期になったとき、私もやらないほうがいいんじゃないかと思っていました。開催する意味をちゃんと伝えたほうがいいのでは?と最初は複雑な気持ちでした」

 未曾有のパンデミックが襲い、人命優先が叫ばれる中での大規模スポーツイベントの開催には国民の間で賛否があった。

 実際に開幕してからも、逆風を直に受けることがあったという。

 パラリンピック開催中には、宿泊する都内のホテルを出たところで、1人の女性に罵声を浴びせられた。

「なんでお前らやってんだよ。しゃべってんじゃねえよ、ウイルスまき散らしやがって!」

 五輪反対デモのシュプレヒコールは、テニス会場の中まで響いてきた。こうした行動に、心を痛めたのは選手も同じだった。

「あれは何をやっているの?と海外の選手たちも複雑な顔をしていました。こういう中でやることが果たしていいのかと言われれば、選手も葛藤していたと思う」と、すべての選手がプレーに集中していた状況ではなかったと指摘する。

 それでも、今では開催してよかったと思えている。森元さんは試合を終えた選手のアテンド役として数々のインタビューに立ち合っていた。選手の生の肉声を最も近くで聞くことができる存在だった。

 特にパラリンピックでは「東京をやるまではパラのことはあまり分からなかった」という森元さんの心に、選手の口から吐き出される生々しい言葉が刺さった。

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