「30代以上でもやれる」 引きこもりを乗り越えたプロeスポーツ選手の矜持と覚悟
日本でもeスポーツの認知度は年々高まり、競技の種類も多岐にわたるようになってきた。各競技の最前線を走る選手たちのプレイングを目にする機会も増加傾向にある一方で、個々の信念や理想に触れる機会は決して多くない。今回、横浜F・マリノスeスポーツ(以下、F・マリノス)のデジタルカードゲーム「シャドウバース」部門に所属し、チーム最年長として活躍を続ける水煮(33)にインタビューを実施。プロ選手としての競技の場に身を置くようになった経緯から、日本のeスポーツ発展への熱い思いまで、その現在地に迫った。今回は前編。
横浜F・マリノスeスポーツ「シャドウバース」部門の一員として活躍する水煮
日本でもeスポーツの認知度は年々高まり、競技の種類も多岐にわたるようになってきた。各競技の最前線を走る選手たちのプレイングを目にする機会も増加傾向にある一方で、個々の信念や理想に触れる機会は決して多くない。今回、横浜F・マリノスeスポーツ(以下、F・マリノス)のデジタルカードゲーム「シャドウバース」部門に所属し、チーム最年長として活躍を続ける水煮(33)にインタビューを実施。プロ選手としての競技の場に身を置くようになった経緯から、日本のeスポーツ発展への熱い思いまで、その現在地に迫った。今回は前編。(取材・文=片村光博)
2018年にシャドウバースのプロリーグである「RAGE Shadowverse Pro League」が創設され、同年の2ndシーズンからF・マリノスが参戦。その初期メンバーとして、水煮はプロeスポーツ選手としての歩みをスタートさせた。
「プロリーグの創設前から、RAGEという(一般参加の)大会には可能なら毎回出るようにしていました。しかし、山形でスーパーマーケットの仕事をしていたので、土日が忙しくて休みをもらうのもなかなか難しい状況でした。交通費と宿泊費も合わせたら3~4万かかってしまいます。それでも強い人と戦ったり、大会の雰囲気を味わったりしたかった。その中でプロリーグが発足したので、『その舞台で戦いたい』と思って応募した結果、F・マリノスにお世話になるという形になりました」
中学時代には販売所にアポ無しで頼み込んでバイトを始め、カードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング」の資金にするほど情熱を持って“競技”として取り組んだという。アナログとデジタルの違いがあるとはいえ、そこに原点があることは確かだ。そうした背景があっても、プロ選手に転身するという決断は容易なものではあり得ないが、水煮にとってはその限りではなかった。
「僕の人生について、少し話をさせてください。物心ついたころ――小学校低学年くらいのときですね――父と兄がいて、母は離婚していたんですが、家庭用ゲームのファミコンやセガサターン、プレイステーションなどが家にありました。兄や友達と一緒に遊ぶときもだいたいゲームをしていて、中学生時代も基本的にはその延長線上にありました。そしてバイトでお金が貯まったときに、ノートパソコンを買ったんです。当時『マジック・ザ・ギャザリング』のオンラインゲームがあって、徐々にそちらに移行していきました。いまのシャドウバースのような感覚ですね。それが楽しくてのめり込んでしまって、学校をサボったりすることも増えていって……。
それから高校に入って、オンラインRPGというジャンルのゲームにハマったんです。それが行き過ぎてしまって、学校を休む日が増えたりして、最終的に中退する形になってしまいました。そのときは『仕事しながらゲームできればいいかな』と思っていたんですが、現実は甘くなくて、仕事はなかなか見つからず、18歳までいわゆる『引きこもり』になってしまったんです。18歳になってからは仕事も見つかって、仕事をしながらゲームをする日々を3年くらい続けたんですが、そこでまたガッツリハマって……。仕事よりゲームを優先するようになって、仕事を辞めてまた家に引きこもるようになってしまいました」