87歳・小林旭、AIで若かりし姿が復活!「私の時代を楽しむ方に責任を取る覚悟」

俳優で歌手の小林旭(87)が8日、東京・調布市グリーンホールで「小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ」を開催した。今年は日活で銀幕デビューして70周年。調布市には日活撮影所があり、小林にとっては大スターに駆け上がる拠点だった。その感謝の意を込め、今回のコンサートはチャリティーとして行われた。11月3日には88歳(米寿)を迎え、翌4日には70周年記念曲も発売される。オープニングでは「若き小林旭」がAIで復活した。

チャリティー関係者と記念写真に納まる小林旭(左から4人目)【写真:ENCOUNT編集部】
チャリティー関係者と記念写真に納まる小林旭(左から4人目)【写真:ENCOUNT編集部】

原点の東京・調布市でコンサート

 俳優で歌手の小林旭(87)が8日、東京・調布市グリーンホールで「小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ」を開催した。今年は日活で銀幕デビューして70周年。調布市には日活撮影所があり、小林にとっては大スターに駆け上がる拠点だった。その感謝の意を込め、今回のコンサートはチャリティーとして行われた。11月3日には88歳(米寿)を迎え、翌4日には70周年記念曲も発売される。オープニングでは「若き小林旭」がAIで復活した。(取材・文=笹森文彦)

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 昭和の映画全盛期、調布市は「東洋のハリウッド」と呼ばれた。日活撮影所(現・日活調布撮影所)、大映映画撮影所(現・角川大映スタジオ)をはじめ、多数の映画関連会社が集まっていた。

 日活撮影所には東京・銀座の街並みを再現したオープンセットがあり、「日活銀座」と呼ばれた。石原裕次郎さん、赤木圭一郎さん、小林。日活映画を支えたスターたちが所内をかっ歩していた。

 小林は1956年に第3期日活ニューフェースに合格。同年『飢える魂』で映画デビューした。以後、『渡り鳥シリーズ』など数々の映画に主演して今年、芸能生活70周年を迎えた。

 開演前に取材に応じた小林は「日活撮影所は(京王線の)布田(駅)の近くで、調布は大映さんが近かった。だから、調布駅周辺には大映さんの関係者が多かったよ」と懐かしそうに話した。

 この日のコンサートは「AKIRAが育った町調布、AKIRAで育った私たち事務局」が主催。コンサートの収益の一部は、調布市内の子どもたちへの支援事業に活用されるという。

 小林は11月3日に88歳の米寿を迎える。「米」という漢字を分解すると「八十八」になる。「八」は末広がりの縁起のいい数字で、米寿はおめでたい年齢である。

 小林は70周年と米寿の巡り合わせも踏まえ、「(調布で)大勢の人に楽しい時間を過ごしていただけるのはうれしい。どうせやるのなら、何かお役に立てればと、(関係者に)協力してもらってチャリティーでやれることになった。実現できて良かった」と喜んだ。

 コンサートのオープニングでは、大型スクリーンにAIでよみがえった「若き小林旭」が登場。AIは70周年と米寿を記念した企画で、会場のファンは「若き小林旭」の登場にどよめいた。

 AIの小林は「皆さん、お元気でしたか。あの頃から随分時間がたちました。俺も米寿になります。楽しんでください」とあいさつ。観客から大きな拍手と歓声が起きた。

 そして、小林は70周年記念曲『おとこの慕情』と『今さらながらのマイトガイ』(両A面、11月4日発売)を生ステージで初披露した。

 コンサートタイトルにもなっている「マイトガイ」とは、小林の代名詞。「ダイナマイトのように爆発する強烈な男」という意味だ。そのマイトガイぶりは今も変わっていない。この日も休憩なしで約2時間、『ギターを持った渡り鳥』『昔の名前で出ています』『熱き心に』など数々のヒット曲を歌い上げた。

「米寿だが、現在に至るまで誕生日をいちいち意識して、年を重ねて来たことはなかった。私の歌を聴いてくれ、私の時代を楽しんでくださる方がいれば、私がその責任を取る覚悟です。いつポックリ逝って、棺おけに入るかもしれないけどね」

 冗談まじりだが、小林の決意表明だった。

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