松たか子は「動物的に魅力的」、石橋静河は端正 深田晃司監督が語る対照的な2人の芝居
第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された深田晃司監督の最新作『ナギダイアリー』(9月25日公開)。岡山県奈義町をモデルにした架空の町「ナギ」を舞台に、松たか子と石橋静河が演じる2人の女性の交流を描く。企画から長い歳月をかけて完成した本作について、町への取材、俳優への演出、作品を貫く人間観を聞いた。

最新作『ナギダイアリー』の舞台裏
第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された深田晃司監督の最新作『ナギダイアリー』(9月25日公開)。岡山県奈義町をモデルにした架空の町「ナギ」を舞台に、松たか子と石橋静河が演じる2人の女性の交流を描く。企画から長い歳月をかけて完成した本作について、町への取材、俳優への演出、作品を貫く人間観を聞いた。(取材・文=平辻哲也)
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ナギで、近くの山から切り出した木を使って彫刻を作る寄子(松たか子)。そこへ、東京と台湾で建築家として活動してきた友梨(石橋静河)が数日間の休暇を取って訪ねてくる。友梨は寄子の弟と離婚しており、2人はかつての義理の姉妹だ。町の人々と交流するうち、静かな日常に少しずつ変化が起きていく。
物語の着想となったのは、劇作家・平田オリザ氏の代表作『東京ノート』だ。同作で深田監督が強くひかれたのが、地方に残る長女と、弟の妻との関係だった。2人は仲がいいが、弟夫婦が離婚すれば、義理の姉妹だった関係は失われる。
深田監督は、その先を想像した。
「もし、その2人が離婚した後も会っていたとしたら、というところから妄想していった話です。自分の中では精神的な続編のようなつもりで作りました」
深田監督が初めて奈義町を訪れたのは2016年。企画立ち上げから9年とされてきたが、「最近、年代を調べたら10年だったことが発覚したんですけど」と笑う。
時間がかかった理由の一つが取材だった。
「自分は東京の人間なので、地方の生活や暮らしをモチーフにする時に、偏見や思い込みがどうしても混ざってしまう。なので、奈義町に取材を重ねながら、脚本を書いて、また戻るということを繰り返していました」
町のサポートを受け、断続的に滞在。合わせると10か月前後に及んだ。イベントに参加し、住民に話を聞き、時には畑仕事も手伝った。
最初に心を引かれたのは、その風景だった。
「津山線やバスののどかな車窓を眺めながら辿り着いた先に突然、すごく幾何学的な現代美術館が立っている。本当に異化効果みたいな感じで、不思議な景色でした」
一方、町では自衛隊の演習による砲声も日常的に聞こえる。東京から訪れた深田監督は驚いたが、住民はその音の中で普通に暮らしている。
「自分がその音を非日常だと感じてしまうのは、単純に東京の日常では聞こえないからですよね。でも、それは単に距離の問題に過ぎなくて、私たちの社会は自衛隊を内包しているし、それは当然、戦争ともつながっている。私たちの日常は戦争を内包しているということを、つい忘れながら暮らしてしまう」
映画の99%は奈義町で撮影された。それでも、実在の地名ではなく、あえて架空の町「ナギ」とした。
「自衛隊のことだけではないんです。例えば、都市の電力を供給するために地方に原発があることや、セクシュアルマイノリティーの人たちがカミングアウトしづらい社会であることも、奈義町だけの問題ではない。架空の町ナギの物語とした方が、より普遍性を持つことができると思いました」
長期取材の中で、逆に出会えなかった人たちがいた。セクシュアルマイノリティーの当事者だった。
「本当に老若男女、いろいろな方に話を聞かせてもらいました。その中で、どんなに取材を重ねても唯一出会うことができないのが、セクシュアルマイノリティーの方なんですよね。話にもほとんど上がってこない」

選択肢の多い都会の方が“自由とは限らない”
しかし、実際に存在しないはずはない。深田監督は、そこに可視化されていない人たちの現実を見た。
「日本はそもそもカミングアウト率が低い。透明化している人たちは、どの町にも必ずいる。だからこそ、この映画では透明化させないようにしたいと思いました」
ただし、社会問題として前面に押し出す描き方は選ばなかった。
「当たり前のようにマイノリティーが映画の登場人物にいる、ということをやりたかったんです。大きなテーマやメッセージを背負わせるのではなく、日常の中にただ存在している。そういったアプローチが日本映画には不足していると思っています」
性的少数者が登場すると、「なぜLGBTQ+なのか」と理由を求められやすいことにも違和感がある。
「そういった質問が出る限り、セクシュアルマイノリティーの人は何か理由がないと物語に出られなくなってしまう。でも、映画なんだから、理由がなくても出ていていいわけです」
寄子を演じた松と、友梨を演じた石橋。その芝居も対照的だったという。深田監督は松を「動物的に魅力的」と表現する。
「子どもや動物がカメラにとって魅力的なのは、次の瞬間どう動くか分からないからです。松さんも、その瞬間、その瞬間に感じること、景色や周りの環境、共演者から受け取ったものが、リアルタイムに演技に反映されているように見える。本当に生きた被写体であるかのように演じられる方だと思いました」
一方、石橋については「日常の仕草やたたずまいの近似値を、安定して何度も繰り返して出せる人」と見る。その芝居には、深田監督が所属する青年団など現代口語演劇の俳優にも通じるものを感じたという。この違いが、ナギと東京という舞台設定にも重なった。
「都市と地方の格差を考えた時、一つは選択肢の量なんです。仕事も移動手段も映画館も、都会の方が圧倒的に選択肢は多い。でも、だから都会の人が自由で、地方の人が不自由かというと、そんなに単純じゃない。奈義町で生き生きと暮らしている人たちと何人も出会いました」
奈義町での取材では、「普段遊びに行くのは津山のイオン、特別な時は岡山のイオン」という話も聞いたという。選択肢は少なくても、それがそのまま不自由を意味するわけではない。
選択肢にあふれた東京から来た友梨を演じる石橋は端正で抑制された芝居を見せる。一方、地方で暮らす寄子を演じる松は自由奔放に見える。
「地方の不自由さの中で生きているはずの寄子が、非常にのびのびとした、自由奔放な芝居をしている。それはすごく面白い対比だと思いました」
俳優への役の説明も必要以上にはしない。
「脚本の中の役をトレースしてほしいとは思っていません。本の中の役と、本人が持っている個性が出会って、第三の人物が生まれればいい。人間って、そんなに履歴書通りには動かないですよ」
まず脚本を読んでもらい、俳優自身が何を出してくるのかを見る。その後、リハーサルを重ねながら具体的に詰めていく。その演出法は、深田作品を貫く人間観にもつながっている。
「フィクションは時に、複雑なものを分かりやすく単純にする。それもフィクションの力です。でも、複雑なものを単純に描いた時に、差別や偏見は入り込みやすい。自分は複雑なものを複雑なまま描きたいという気持ちが非常に強いんです」
人は悲しいからといって、誰にでも悲しいと分かる表情をするわけではない。本人が本音を語っているつもりでも、それが本当に本音なのかは本人にも分からない。
「私たちは自分ではコントロールできない無意識の影響を受けている。そこに沿った映画を作ろうと思うと、人間を曖昧に存在させていく方が、自分の人間観にはしっくりくるんです」
人間を単純化せず、複雑なものを複雑なまま描く。長い時間をかけて町と人に向き合った『ナギダイアリー』には、深田監督のそんな人間観が通底している。
□深田晃司(ふかだ・こうじ)1980年生まれ、東京都出身。99年、映画美学校フィクションコースに入学。2005年から平田オリザ主宰の劇団「青年団」演出部に所属する。10年『歓待』で東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、13年『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリ。16年『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。18年、フランス芸術文化勲章シュバリエを受勲。監督作に『よこがお』(19年)、『本気のしるし』(20年)、『LOVE LIFE』(22年)、『恋愛裁判』(25年)など。
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