流産6回、不育症の過酷な現実「欠陥品のような気持ち」 26歳で診断、“当たり前”でなかった出産

妊娠するのに赤ちゃんが育たない。7年間で6回の流産を経験した。不妊とは異なる不育症に悩む夫婦がいる。長野県のYUTAさん夫婦は、妻が26歳で「不育症」と診断された。3年前に30歳で第1子を出産したものの、一時は流産の連続に、何もできなくなるほど精神的に追い込まれた。現在、第2子出産を目指しているが、3回続けて流産となっている。「『不育症』という言葉をぜひ知ってほしい」。過酷な現実について当事者に聞いた。

妊娠・出産に治療を必要とする女性もいる(写真はイメージ)【写真:写真AC】
妊娠・出産に治療を必要とする女性もいる(写真はイメージ)【写真:写真AC】

流産続き表情曇らせた医師…当事者が語る不育症の現実

 妊娠するのに赤ちゃんが育たない。7年間で6回の流産を経験した。不妊とは異なる不育症に悩む夫婦がいる。長野県のYUTAさん夫婦は、妻が26歳で「不育症」と診断された。3年前に30歳で第1子を出産したものの、一時は流産の連続に、何もできなくなるほど精神的に追い込まれた。現在、第2子出産を目指しているが、3回続けて流産となっている。「『不育症』という言葉をぜひ知ってほしい」。過酷な現実について当事者に聞いた。(取材・文=水沼一夫)

「本当に『よく育ってくれたな』って。『なんで生まれてこれたの?』って聞きたくなるぐらい、私にとって赤ちゃんが育つっていうことは奇跡だなって思いますね」

 現在33歳の妻Aさんは、3年前の出産を振り返る。誰であっても、子を授かること自体、「奇跡」という言い方もあるかもしれない。しかし、Aさんにとっては、苦難の道のりだった。

 最初の妊娠は2019年。早期流産となった。「よくある流産に私が当たってしまったんだな。たまたまだったのかな」と、その時は深く気にせずにいた。

 しかし、続く2回目の妊娠・流産で、医師の表情が曇った。

「たまたま2回目を見ていただいた先生に、『成長の止まり方が1回目の流産の時と似ていて、もしかしたら不育症っていう、母体に原因があって流産になってしまうものかもしれない』とちらっと言われて。それで、『あ、不育症っていうものがあるんだ』『確かに、ここまで成長して急に止まっちゃうっていうのはちょっとおかしいのかもしれない』と思ったんです」

 こども家庭庁によると、不育症とは、一般的に2回以上の流産や死産を経験する状態を指す。「不育症管理に関する提言2025」によると、不育症で悩む女性は日本に35万~50万人ほどいると推定される。

 不安にかられたAさんは、「3回目はちょっと怖いな」と思い、片道3時間かけて、神奈川の不育症専門病院を受診した。検査を受けると、血栓ができやすい体質であることが判明し、「不育症」と診断された。

 血液をサラサラにする内服薬を服用し、3回目の妊娠判定。しかし、同じように胎児の心拍は停止した。3回とも自然妊娠で、卵子や精子、妊孕(にんよう)性に問題があるわけではない。だが、なぜか9週の手前で成長が止まってしまう。

「もう全部やめよう」 妹の妊娠を素直に喜べないつらさ

 まだ20代後半だった。Aさんは、大きなショックを受けた。

「3回目の流産のあとに、私の妹が妊娠していることが分かって、その時はもう全部やめようかなって思いましたね。治療とか、赤ちゃんとか考えたくないって思いましたし、自分が毎日普通に生活するのが精一杯でした。『こんなことも喜んであげられないんだ』って、またつらい気持ちになって、しばらく自分が妊娠してある程度の週数が経つまで、妹には連絡ができなくなってしまいました」

 深い絶望の中にいたAさんは、精神科の受診を検討した。その過程で、自治体の相談窓口にたどりつく。メールで何度かやり取りした後、対面での相談を提案され、思いを吐き出した。相談員は、子どもそのものができない、妊娠できない女性がいると諭し、「でも、あなたは妊娠はできる。まだ諦めるには早いんじゃないの?」と激励した。

「妊娠できる力はあるんだから」という言葉は、Aさんの心を動かした。

「時間をかけて、そのことを考えているうちに、『あ、確かにそうだな』という気持ちになって、もう1回頑張ってみようかなっていうふうに思えたんです」

 治療は1日2回のヘパリン製剤による自己注射を追加。さらに自然妊娠ではなく、体外受精に切り替えて再挑戦した。

 今度は妊娠が継続した。だが、「またダメかも」という不安は、出産当日まで続いたという。ある週数からは成長が止まると流産ではなく、死産となる。ストレスをため込んだAさんは、臨床心理士と何度も面談した。

“当たり前”でなかった出産 「欠陥品」のような気持ち

 出産を終えた瞬間も、Aさんの口から最初に出たのは、喜びよりも「ああ、よかった」という安堵(あんど)の言葉だった。

「普通のお産なら『おめでとうございます』とかよく聞くかなと思うんですけど、立ち会ってくれた治療をしていただいた先生も、一発目に『よかった、本当によかったですね!』と言ってくれたので、本当に『ああ、無事に生まれてきてよかった』『生きたまま出てきてよかった』という気持ちだけでした」

 今、夫婦は再び試練と向き合っている。第2子出産に向け、妊活を再開したが、第1子出産後も3回流産した。体外受精や顕微授精で「卵を戻したら、必ず着床している」と妊娠率は100%。妊娠継続の目安となるHCG値(ホルモン値)は平均以上で、妊娠継続率が98%と表示されたこともあった。胎児の染色体異常もない。それでも流産は避けられなかった。

 体外受精を選んだのは、Aさんの気持ちの変化からだった。

「医学的には自然妊娠で問題ないとされていたんですけど、私の気持ち的に、自然妊娠しやすいタイプではなかったので、長い時間かけても、どうせ流産になってしまうなら間に医療を挟んだほうがちょっと気持ちが楽だなっていうのがあって、体外受精に切り替えたんです」

 治療を始めてすでに7年になる。妊娠判定と流産を繰り返すなかで、何度も自分を責めてきた。

「世間の女性が当たり前にできている妊娠・出産を、『自分はどうしてできないんだろう』ということをすごく考えてしまいます。『欠陥品』のような気持ちになるんです」

「気にしすぎ」「たまたま」産婦人科医によって異なる理解

 一方で、夫婦にとって大きいのが、金銭的な負担だ。流産のたびに手術や治療費がかかる。治療にかかった費用は、保険適用の不妊治療と併せても200万円以上に上る。長野県は、不育症の検査や治療に1回につき上限5万円を助成金として支給している。ただし、妻が40歳未満の場合は、通算6回までと決められている。金額的にも十分と言えず、Aさんは職場の理解を得て、正社員として働き続けている。「せめて回数をなくしてくれたら」と希望している。

 Aさんが治療を通じて、課題と感じることは他にもある。これまで4つの病院で、さまざまな医師の診察を受けたが、不育症の診断に一貫性があるとは言えない状態だった。

「不育症に対しての捉え方が、産婦人科の先生によってまちまちなのが一番の問題なのかなと思います。過去に通っていた総合病院の先生も『あなたは不育症ではないから。気にしすぎだから』という話をしていたぐらいなので。自分に原因があるんじゃないかって患者側が思っても不育症っていうところまでたどり着けない。ガイドラインとかで、何回流産したらとか、書かれてはいるんですけれど、年齢が若かったりとかすると、『たまたま』って言われてしまったりとか、先生たちがもうちょっと不育症に理解があるといいなっていうのは思います」

 メンタル面のケアも含めて、もっと支援があっていいと思っている。

「流産も死産もですけれど、赤ちゃん亡くしたお母さんたちって本当に自分のことを責めている方が多いです。流産した子たちは戸籍には載ってないですし、私もエコーの写真とかは本当に鮮明に思い出せますけれど、端から見たら何回も流産しているというのは分からない。“生まれている子だけのお母さん”と思われると思うのでそれは悲しく、寂しい気持ちがあります。何人もお子さんを連れているお母さんを見て、妊娠継続していたら私もそうだったかもしれないのに、と思ったりすることもあります。(流産しても)一人一人が自分の子どもだっていう思いがあるので『殺してしまった』という罪悪感がすごくあって、『私じゃなければ生まれてこれたんだろうな』というのは、ずっと思っていますね」

子育て支援は充実も…「産みたいけど産めない人がいる」

 夫のYUTAさんは、不育症のことを知ってもらおうと、SNSを通じて、発信を続けている。

「妊娠しても育たない、妊娠に悩んでる人に少しでも早く不育症っていう言葉を知ってもらいたいです。今少子化と言われている中で、子育て支援は結構充実してきていると思いますが、そこにたどり着くまでの援助が、まだ足りてないと思う。産みたいけど産めない人がいる。そういう人たちへの支援がもっと充実していけばいいなとは思います」

 7年間で6回の流産。それでも夫婦は歩みを止めていない。「本当に、よく育ってくれたな」。その奇跡を、Aさんはもう一度信じようとしている。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください