70年無料を貫く「目黒寄生虫館」に訪れた予想外の夏 ビル・ゲイツ氏来館、寄付金増加
世界のビル・ゲイツ氏が来館し、夏休みに一躍注目を集めた博物館がある。「公益財団法人 目黒寄生虫館」(東京)だ。「寄生虫」を専門に扱う私立の研究博物館で、約70年前の創設以来、一貫して無料開館を続けている。新型コロナウイルス禍の影響による来場者の減少など逆風を受けながらも堅実に運営。今夏、有志が同館への寄付を呼びかけたSNS投稿は多くの人々の関心を集めた。心を込めた運営やサービスについて、同館に聞いた。
「目黒寄生虫館」 亀谷了氏が私財を投じて1953年に創設、サービス向上のためリニューアル重ねる
世界のビル・ゲイツ氏が来館し、夏休みに一躍注目を集めた博物館がある。「公益財団法人 目黒寄生虫館」(東京)だ。「寄生虫」を専門に扱う私立の研究博物館で、約70年前の創設以来、一貫して無料開館を続けている。新型コロナウイルス禍の影響による来場者の減少など逆風を受けながらも堅実に運営。今夏、有志が同館への寄付を呼びかけたSNS投稿は多くの人々の関心を集めた。心を込めた運営やサービスについて、同館に聞いた。(取材・文=吉原知也)
同館は、医師で医学博士の故・亀谷了(かめがい・さとる)氏が私財を投じて1953年に創設。57年には財団法人となり、やがて法改正に伴い現在の公益財団法人に移行したのが2013年。館内には国内外から集められた約300点の標本や関連資料などを展示している。亀谷氏の孫にあたる亀谷誓一事務長は「日本では創設当時、寄生虫による感染症はありふれた病気でした。公衆衛生の観点から、寄生虫や寄生虫症を研究して予防策を周知することを目的に、研究者が研究できる場、一般人が見学できる場を提供しようと、同館が設立されました。現在でも、世界では寄生虫による病気はなくなっていません。今や世界に向けてさらなる啓発活動を続けることが必要だと考えています」と説明する。創設者のポリシーを貫いており、「研究・啓発のための博物館であり、亀谷了は『来場者からお金をとってはいけない』と言い続けていましたので、現在も継承しています」と強調する。
出資母体のない、独立した運営。ビル内1、2階の小規模な展示スペースで、研究者や運営スタッフ10人以下の小所帯だ。財政面では基本財産の資産運用益が主たる財源で、90年代後半から始めたグッズ販売も大切な収入源だ。バブル崩壊、リーマンショックといった世界的金融危機の影響を乗り越えてきたが、今回はコロナ禍の打撃を受けた。例年は5万人以上の来館者を迎えているが、20年度は半数以下に激減。21年度は例年の6割ぐらいまでに回復した。今年は3年ぶりに行動制限のないGW、夏休みとなり、多くの来場者を迎えることができているという。
同館が「支援者の皆さんに感謝の思いを伝えたい」と強調するのが、寄付金だ。21年度は、財政面の約15%を占めた。経済状況に左右される運用益や、外部から受け取る研究費などの資金は流動的である分、安定した運営のために寄付金の重要度は高いとのことだ。
これまで公式サイトで、「ご寄付のお願い」を掲示してきたが、コロナ禍に入った20年からは年度の目標金額を「500万円」に設定して明示。さらなるお願いを訴えてきた。
こうした中で今夏、予想外の「うれしい反響」が2つあった。まずは、米IT大手マイクロソフト創業者で、国際的な感染症対策にも力を注いでいるビル・ゲイツ氏の来館だ。8月19日に初めて訪れた。獣医学博士の倉持利明館長は「ゲイツ氏は限られた時間でしたが、熱心に展示を見て説明を聞いてくださいました。当館のようなところによく目を留めていただいた。本当にうれしい限りです。ゲイツ氏の訪問時に、亀谷了先生が現れるんじゃないかと思ったくらいで、この博物館がここまでなったとびっくりしていると思います」と万感の思いを明かす。関係者から、ゲイツ氏はグッズにはあまり興味を示さないということを事前に聞いていたが、なんと当日にミヤイリガイ(日本住血吸虫の中間宿主で、ゲイツ氏の活動とも関係が深い)のストラップとボールペンを購入した。ゲイツ氏は自身のツイッターで同月20日、学ぶことへの思いと共に、サナダムシの標本展示と写る写真を添えて投稿。同館ウェブサイトへのアクセスが世界から殺到したという。
また、同月21日には、同館への寄付を募る有志のツイッター投稿が拡散。数万件のリツイート・いいねが付く反響を呼んだ。こうした思わぬ出来事と経緯があって、同月21日からネット送金による寄付金が激増。それまで約210万円だった寄付金額はみるみる増えて、同月31日時点で503人から251万8346円を受領。来館者による募金との合計が501万2552円となり、今年度の目標金額を約5か月間で達成した。
こうした多くの人たちの思いに応えられるよう、同館ではできる限りのサービスに努めている。寄付金のお礼メールは、支援者のメッセージに合わせてコメントを返信するなど、少しでも心が通じるような工夫をしている。寄付金の用途は、「お客様をお迎えするために有効活用するようにしています」(倉持館長)。93年の大規模改修以降も、サービス向上のためのリニューアルを重ねている。スーツケースをひいてくる来場者のためにコインロッカーを置いたり、車いす利用者のためにリフトを設置したり、バリアフリー仕様のトイレに改修したりと、少しずつながら改善してきた。さらに、コロナ禍の感染防止対策のため、換気力の強い換気扇を導入した。今後も、来場者がより利用しやすくなる必要な設備を整えていくという。
意外な“うれしいハプニング”で、この夏に注目を集めた。それでも、公益目的の軸がぶれることはない。亀谷事務長が「ありがたく受け取った寄付金は今後も公益のために使っていきます」と話せば、倉持館長は「粛々と手堅くやっていきます」。創設時の精神を大切に、研究・啓発に取り組んでいくという。